その部屋に入ってすぐ、フィシスはなぜか穏やかだという気分になった。
「穏やかですね、フィシス様」
後ろに付き添うアルフレートも同様の感じを受けたようだ。
「最近、慌しくあったせいでしょう」
「確かに彼が来てからいろいろと……」
アルフレートの思念を感じて振り返る。彼は破天荒な若いミュウ、ジョミーのことを思い出して眉をしかめていた。だがそれもすぐに笑みへと変わっていく。フィシスも頬を緩ませた。
ジョミーは未だ思念をうまく操れずにほぼオープンなままで過ごしている。感情の起伏も激しい彼が一旦怒り出すとその思念はこの船シャングリラを包み込んでしまう。
「ソルジャー・ブルーもおちおち眠ってはいられないでしょう。迷惑なことです」
わずかにいつもより饒舌なアルフレートは笑いながら言葉を続けた。フィシスは同意も否定もせずに少し首をかしげてそれに応え、話題に上ったソルジャー・ブルーのいる場所へと顔を向けた。
「あなたはここで」
「はい。お待ちしております」
少し離れた場所でアルフレートを残し、この部屋の主ソルジャー・ブルーの眠るベッドへと近づいた。
「お加減はいかがですか、ソルジャー」
声をかけながらベッドへ思念をむける。答えが無いのは承知の上だ。いつも通りに眠る彼の様子を確認し帰るまでのこと、わざわざ目を覚まさせることの方が気が引けてしまう。
「あら……」
だが、今回はいつも通りとはいかなかった。悪い意味ではない。フィシスは首をかしげてアルフレートを呼んだ。「アルフレート」
「はい。フィシス様」
「こちらに」
アルフレートは言われるままにフィシスの脇に跪いた。それではダメなのだ、とフィシスは焦る気持ちでアルフレートへの頼みを口にした。
「アルフレート、どうなっているのですか。私にはわからないのです」
「は? あ、ソルジャー・ブルーですか?」
意味がわからないという様子のまま、気のつく彼は立ち上がった。ああ、と溜め息のような、だがどこか温かな声が返ってくる。
「ジョミーの思念も感じられるのですが……」
「フィシス様」
あわあわとどうすることもできないフィシスに対してアルフレートは呆れ気味にフィシスを制した。
「そっとしておきましょう。ソルジャー・ブルーもジョミーも、なにもお変わりありません」
「どういう意味ですか?」
ジョミーがいるのなら自分に気づいて声をかけてくるはずなのだ。なのに思念に変化すらない。
「フィシス様、お手を。私の見ているものをお見せしましょう」
「は、はい」
宙に差し出した手をアルフレートが彼のそれでとると、映像が脳裏に広がった。
ベッドで眠るソルジャー・ブルー、その脇にジョミー・マーキス・シン。ベッドの裾では鳴き鼠は身体を丸めて眠っている。
たっぷりとしているはずのベッドが窮屈に見えた。小柄とはいえ男が二人では当たり前ではあるのだが。
「……この穏やかさはジョミーのものだったのですね」
「そのようです」
微かに笑いながらアルフレートはフィシスの手をはなした。
「行きましょう」
「いいのですか、フィシス様」
彼の言葉には答えずベッドに背を向ける。あとでソルジャー・ブルーには小言を言われるかもしれないが構うまい。
(おやすみなさい、ソルジャー)
思念を向けるとふわりとソルジャー・ブルーの思念が紛れ込んでくる。部屋の穏やかな空気の原因はどうやらソルジャー・ブルーにもあるようだ。あまりの微笑ましさにフィシスは笑い出しそうになった。
「アルフレート、ジョミーだけではなかったようです」
「は……?」
「しばらくは誰もここに入らぬよう、ハーレイ艦長に伝えてください。当然、彼も入らぬように」