寝心地の良いベッドの上でジョミーは身体を捻った。
暑いわけでも疲労感がないわけでもなく、ただ目が冴えていた。
「うー、無理だ」
諦めて身体を大の字に広げる。ベッドの足元で丸まっていたナキネズミが小さく鳴いてまた身体を丸めた。
あ、ごめん。とジョミーは小さく呟いてそっと身体を伸ばした。
暗闇に慣れてしまった瞳は微かな光を捉えて、見えないはずの天井を映す。
巨大なミュウの母船は常に外光の影響を受けはしないのに、ミュウたちはなぜか人間たちよりもキッチリと昼と夜の区別をつけ、夜ともなれば消灯時間でもあるかのように皆、おやすみ、と各部屋に散っていく。
人々が散って、眠りについている今の時間は静かなものだ。騒がしい人々の営みの音は聞こえない。だが代わりにいつもは聞こえない音が聞こえてくる。船を動かす動力の波、空調の微かな音、それが耳について離れない。
どうしよう、眠れない。
溜め息と共に瞳を閉じる。とりあえず身体を休めなければいけない。明日だって長老たちからいじめのような講義が待っている。
もう少し粘ってみよう。
ジョミーはナキネズミに倣い、身体を横にしてぎゅっと瞳を閉じた。こうして眠ったフリをしていれば、いつの間にか眠っているかもしれない。
冴えきった頭を落ち着けるように呼吸をゆっくりと深くなるよう切り替える。すると興奮しきっていた胸の鼓動が次第に緩やかに、気にならなくなってくる。
ああ、このままなら眠れるかも。
そう思ったジョミーの額に微かになにかが触れる。他の部分を休ませている分、変化には感覚が鋭く反応した。
サラサラとしたなにか、ああ、誰かが髪を撫でている。こんなことをする人は一人しかない。
ジョミーは寝付きを邪魔されたこともあって不機嫌にその人物の名を呼んだ。
「……ソルジャー」
「あ」
声を出してブルーはとび退く。ゆっくりと瞳を開くと薄闇にブルーの身体が見えた。
「すまない。起こしてしまったね」
心底悪いと思っているのか、ブルーはとび退いたまま壁際で肩を落としてしまう。
寝付きを邪魔された不機嫌はあった。だが起きていたのだから、そこまで気にされてしまっては気が引ける。
仕様がないな。ジョミーはゆっくりと身体を起こした。
「いいよ。どうせ寝付けなかったんだ」
身体を起こしてみれば、どうやらジョミーの身体は眠りに極近いところまで落ちていたらしく微かなだるさを感じた。それを無理やり起こすようにジョミーは一つ大きな伸びをした。
「ジョミー、すまない」
「いいって。でも黙って部屋に入るのは止めてよ」
ビックリするから、と付け加える。部屋に入られること自体は別段気にもかからない。ブルーに何を見られたところで大したことはないし、そもそもいつだってブルーはふと現れるので慣れてしまった。
それよりなにか用でも、と問いかけてジョミーはブルーで視線を留めた。
「……ソルジャー、それ、実体?」
ブルーの部屋以外の船内で出会うソルジャー・ブルーはいずれも思念体で、ふと現れてはジョミーの様子を窺ってからかって去っていくのが常だった。だから今回も思念体と疑わなかったが、どうも様子が違う。
「ああ、そうだよ。驚いたかい?」
ジョミーの顔を見てブルーは笑った。そんなに驚いた顔をしているのだろうか、とりあえずジョミーはあきれ果てた。なんだってそんな無茶なことをするんだ。
「大丈夫だよ、ジョミー。夜の方が調子が良いんだ」
「それでも!」
思わず声が荒れる。ベッドからとび出て、壁際のブルーにとびかかるように抱きついた。
「ジョミー……」
背にブルーの腕が回る。密着した胸からブルーの心臓の鼓動がジョミーの身体に伝わってきた。緩やかなリズムを刻む温かい胸。
いつもはブルーの部屋でしか触れられない身体がここにあること、そして調子が良いからと一番にここへ来てくれたことが嬉しかった。それと同時に憤りも感じる。なんだってこんな無茶を。
「呼んでくれれば、ぼくが行く」
「……でも、ジョミー。ぼくが来たかったんだ」
ぎゅっとブルーの腕に力が篭る。ジョミー、と甘く名を呼ばれ、その吐息が耳をくすぐった。
「こんな時間に迷惑だと思ったんだが、さっきも言ったとおりなぜだか夜の方が調子が良い。昼も夜も寝てばかりで、時間の感覚など無いしね。だから……」
微かに身体が離される。薄闇の中にブルーの赤い瞳が光って見えた。
「ぼくが逢いに来たかったんだ」
寝顔も見たかったしね、とブルーは口元で呟いて、そのままジョミーに口付けてくる。
背にあったブルーの手がジョミーの首筋を支えるのに応えて薄く唇を開けば、すぐに舌が深く潜り込んできた。
ぴちゃびたと口元から水音が溢れ始める。息をつく暇もなくブルーは攻め立てジョミーを追い回した。
「ん、……っふ」
知らず発せられてしまう鼻にかかる声が異様に耳に付いた。いつもは夢中で気にも留まらないのに、あまりにも静か過ぎるせいだろうか。
誰かに聞こえてしまうのではと不安になって、ジョミーは必死に声を抑えた。
「ジョミー」
唇を交わしたまま名を呼ばれる。ブルーの舌が妙な動きをしてジョミーを刺激した。その拍子に淫らな音を発していた唾液が口元から零れそうになる。いけない、と咄嗟に息を吸うとブルーの舌も共に吸ってしまった。するとブルーが珍しく声を漏らした。
「っん、」
ぎゅっと抱きしめられる。ひと際深く舌が潜り込んでジョミーを撫で回し、そして離れた。
「は、ぁ」
新鮮な空気を吸うとその冷たさに驚いた。
唇を離したブルーはジョミーの口元に微かに垂れた唾液を舌で拭い、微かに声を立てて笑いながらそこから頬や耳へ舌を這わせ始めた。
「なにがおかしいのさ」
「ジョミーに舌を吸われてしまった。上手くなったね」
偶然の技術と知ってからかってくる。だがブルーがとても嬉しそうだったので、むくれるのは中止した。
改めてブルーの身体を抱きしめる。ジョミーよりも微かに背が高く、だが細身の身体は温かくジョミーを包み込んでくれる。
「ジョミー?」
「……来てくれて、ありがとう」
文句はいっぱいあった。だが今日はそのブルーの気持ちを喜びたかった。
それにどうせ眠れなかったのだから、とことん夜更かしに付き合うのも悪くない。
だから今度はジョミーからブルーに口付けた。