「ジョミー!」
聞いたこともないブルーの慌てた声が耳に残った。
aise voice
薄暗い天井へ溜め息を投げつける。部屋の片側を占める窓はカーテンに覆われないまま、下に広がる中庭の薄明かりを部屋に招きいれていた。おかげで暗くもなく、かといって明るくもない空間がジョミーの目前に作られている。
そこに両手を伸ばす。まるで金属が軋むような感覚で動く両手はひどく重い。まだ治らない、小さく息をつく。
ジョミーは額から生温くなった保冷剤を剥がし、ベッドサイドのテーブルへ小さくほおり投げた。カタリと音を立て、だらしなくテーブルの淵に引っかかる。
ああ、なんだってこんなことに。溜め息というには熱い息が口元から漏れる。
倒れたのは二日前、ちょうどブルーとの時間を楽しんでいたときだった。朝からぼんやりとしてはいたが、前夜の夜更かしのせいだと思っていた。身体が熱いのも眠いせいだと。だがぱったりと、あまりにもあっさり倒れてしまった。
ああ、なんだってあんなときに。思い出しては後悔が募る。ブルーの声が耳から離れない。
「心配、してるかな。ソルジャー」
そよ風に揺れる樹木にあわせ、薄明かりがゆるやかなアーチを描く天井で微かに揺れる。それをジョミーはぼんやりと見つめた。ソルジャー、心配してるかな?
「してるとも」
呼応するようにブルーの声が脳裏に届く。ああ、しまったガードなんてしていない。駄々漏れだった。先ほどとは別の後悔がジョミーを襲う。
ジョミーは未だ思念波の、特に感情面のコントロールが下手で、意識をせずに特定の人を考えると直接それが当人に伝わってしまう。だがそんな相手は小言役のハーレイか、今のようにブルーなので大した問題にはなっていないのだが。
後悔に重くなった身体をジョミーはゆっくりと起こす。熱で一瞬くらりとした。でも、うん、大丈夫。
「ジョミー」
また思念波。いつもなら思念波を利用してすら面と向かっての会話なのに、今日は違う。かといって遠くにいるわけでもなく、ごく近くにブルーを感じる。まるで糸電話のようだ。
なにもないところからブルーの声が脳裏に響くと、ジョミーの心は震えた。妙にドキドキする。まるで自分の内に沸きあがった妄想のブルーが語っているような錯覚さえ覚える。
そんな動揺を圧し留め、ジョミーは確実にブルーへ届くよう丁寧に言葉を思念にのせた。
「ごめん、ソルジャー。ぼくは大丈夫だからソルジャーはちゃんと、」
「待ってくれ、ジョミー」
言葉が遮られる。少々強引な遮りだったのか、頭が微かな痛みに疼いた。
「な、なに?」
「部屋の、前まで来ているんだ。その……ジョミーの」
慌ててジョミーはベッドから降りる。
なんだよ。いつもは無断で入ってきて、物を置いていったり、寝顔を見てたりするくせに!
慌てすぎて靴は片方だけ足にはまったまま。途中でその靴はうっとおしくなり投げ出して、部屋の入り口に辿りつく。
「ソルジャー」
荒い息のままドアの開放スイッチを押すと、目の前にソルジャー・ブルー。ちゃんと本体。
「ジョミー、ダメじゃないか。ちゃんと寝ていないと」
そのまま包まれる。抱きかかえられるように室内に押し込まれ、軽い空気音をたててブルーの背後でドアが閉まった。
「ソルジャー、なんで来たんだよ」
ブルーの腕の中でもがきながら怒る。うろうろするなって言ってるのに。その上、ジョミーの風邪がうつったら大変だ。
「『心配した』からだよ、ジョミー」
それにドアを開けたのはジョミーだ、そう言われ微笑まれてジョミーははっと気付く。
咄嗟にドアを開けてしまったが、それが一番まずかったのだ。
「ほら、ベッドに」
抱きしめたままゆるゆるとベッドへ近づき、ブルーはジョミーをベッドの淵に座らせた。
「うつるから……、ソルジャー」
帰ってよ、と言うがブルーは聞いてはくれない。ジョミーの言葉をはいはいと流し、自然な言葉と動作でジョミーをベッドへ潜り込ませてしまう。
無事にベッドへと戻されたジョミーは、ブルーの指示に簡単に従ってしまった自身を情けないと悔やんだ。だが、その後悔も穏やかに微笑むブルーの顔に打ち消されてしまう。ああ、情けない。
「ソルジャー……」
「大丈夫だよ、ジョミー。医師のノルディーが君の熱は疲労からくる知恵熱のようなものだと言っていた。うつるものではない」
言いながらブルーはジョミーの頬を手の甲で撫でた。肌が触れた瞬間その体温の低さにドキリとするが、熱を持った今はそれがかえって気持ち良く感じられた。なにより、その冷たさがブルーである証だと知っているジョミーの肌は勝手に安心を感じてしまう。
「安心したかい?」
小さく息を吐き出すと意地悪にブルーが笑う。いつもなら馬鹿にされたと怒るのだが、なぜだかそうする気は起きなかった。
ジョミーが無言でいると、おやおや重症だ、とブルーはまた笑った。
「……ソルジャー」
「ああ。おいで、ジョミー」
なんのつもりもなく名を呼んだのに、ブルーは自身の胸を開きジョミーを招いた。糸に引かれるようにジョミーはその中に倒れこむ。優しく抱きしめられ、ブルーの頬がジョミーのそれに触れた。
「やっぱり熱があるね」
ブルーは冷たいよ。耳元にブルーの吐息を感じながらジョミーが思念波で言葉を返すと、そうかな?、と思念波が返ってきた。
ブルーの肩に顎を乗せる。ほっと息が漏れた。ああ、ぼくが欲しかったのはこれだ、と強く感じる。安心する。幸せだ。
すると唐突に瞼が重くなった。
「ソルジャー、ぼく……」
「寝るかい? お休みジョミー、しばらくはこうしているから」
うん、と返事をしたつもりが声にはならなかった。触れ合った胸から伝わるブルーの体温がジョミーの眠気を促進して、くらくらした。
「おやすみジョミー」
優しく穏やかなブルーの声を耳にジョミーは眠りへと落ちていった。