ゆっくりと脚を進める。
手にしたものを大事にだいじに握り締め、けれど力を込めすぎて皺にならないように丁寧に掌で包み込んだ。
僅かに高鳴る胸の鼓動を、まだだよと圧し留める。そのかわり、そのドキドキをじっくりと楽しむようにしっかりと脚を踏み出す。
少しずつすこしずつ、近づく、白く光る場所。
ジョミーはそこに居る人の顔が確認できると、ほっと息を吐き出した。同時に頬が緩む。
そしてまた、速まりそうになる脚を圧し留めて、落ち着いた足取りでゆっくりと近づく。
「来ました。ソルジャー・ブルー」
ベッドの足元について、枕元を覗く。いつもどおりの無表情な寝顔だった。白い光のせいで一層青白く見える顔色、額にかかる色素の薄い髪。元から薄い唇は色味を失い、あの凛とした表情の頃と同様にきつく結ばれている。そして、そこにあるはずの赤い瞳は、声をかけても開くことはなかった。
そこにジョミーは落胆と安堵を得る。
こんな状態のソルジャー・ブルーに逢うのは、もう既に初めてのことではない。
応えてもらえない落胆とそこにブルーが居るという安堵。初めのころは安堵など消し去るほどの落胆がジョミーを襲ったが、今はそれも受け入れられるようになった。慣れたわけではない、今でも瞳に涙が滲むほどだ。だが、そこにブルーが居るということへの安堵を知ることができた。だから今は涙を零すことはない。
ジョミーはしばしブルーを見つめてから、さらに数歩ベッドへと近づいて枕元へ膝をついた。
両腕をベッドへ乗せ、天を向いたままのブルーへと語りかける。
「今日も無事に過ごせました、ソルジャー・ブルー。問題は多いですが、それでも平穏です」
言い切ると沈黙がジョミーを包み込んだ。抗いきれない虚しさが心を満たす。
だが瞳に滲んだ涙を零さないように、ジョミーは笑った。
「ソルジャー、今日がなんの日か知ってる?」
むかしと同じ言葉でジョミーはブルーへと語りかけた。いつの間にか、硬い言葉で話すことが染み付いてしまった。それがジョミーの心にチクリと針を刺す。あれからどれだけの時間が、過ぎたのだろう。
そして、大切に握り締めていたそれを純白のシーツの上に乗せた。鮮やかな色紙だ。
「今日は七夕だよ。ユウイやトキたちが古い文献へ目を通していたときに知ったんだって。七つの夜って書くんだって教えてくれた」
縦に長い色紙は、握っていた両端が手の熱で僅かに皺になってしまっていた。ジョミーはそれを撫で付けて伸ばした。
「ナスカの地上からは星がいっぱい見えるんだ。川みたいに固まった星群も。だから七夕ができるだろうって、子どもたちのためにお祭りの準備をしてた」
伝説も教えてもらったけど忘れちゃった、とジョミーは笑って頬を掻いた。
そしてブルーの顔を見れば、来たときには無表情に見えたのに今は薄く笑っているように見えた。
ジョミーは少し嬉しくなって言葉を続ける。
「笹に願い事を書いた色紙をつけて、燃やすんだって。願いが叶うように」
でも、ぼくには書けないよ、ブルー。
叶えたい願いはいっぱいある。だが、それは現実での問題であって、全てジョミーが解決しなければならないことだ。
それ以外の願い事なんて……。
ジョミーは眠るブルーの肩口に顔を寄せるようにベッドへ倒れこんだ。ブルーの匂いがジョミーの鼻をくすぐった。
ブルー……。
ブルーへ体重をかけないように注意しながら、ジョミーはシーツへ顔を埋めた。
「ブルー」
静かにしていれば、微かな鼓動がジョミーへと伝わってくる。ゆっくりとした静かな鼓動、だが確実に動いていた。
ジョミーは薄く瞳を開いて、片手をシーツの下へと滑り込ませた。ブルーの手を探し当てて指を絡ませる。その指はいっそう細く冷たかった。
「ねえ、ブルー。叶えてくれる? ぼくの願い事」
ジョミーはもう片方の手で、色紙を皺くちゃになるように握り締めた。
「目覚めなくても良い。だから、ぼくの話を聞いていて」
ずっと大好きだよ。
ジョミーは零れた涙を拭うようにシーツへと顔を埋めた。