a drop

「また来た」

 今日初めて聞いた声は非難めいた言葉を紡いだ。そして溜め息を吐き、ジョミーはブルーへと背を向けて机に向かってしまう。
 ただベッドを抜け出してきただけだというのに、この出迎えは少々酷いのではないかと最近ブルーは感じ始めている。
 だがジョミーはいつも通りに、それだけを言ってブルーを追い返したりはしなかった。
 これが長老やほかの者たちなら無理やりにでもベッドへ圧し戻されてしまうところだ。
 言葉は淡白だが、きっとジョミーなりの出迎えなのだろう。いらっしゃい、ここに居ても良いよ、とはとても言えない状況なのだから致し方ない。
 ブルーはそのジョミーの態度に甘えて、傍らの壁に背をもたれる。

「今日はなんの勉強だい?」

 え、とジョミーは顔をあげてブルーを見上げた。その瞳がスッと曇る。そして、そのまま答えずに手元へ顔を戻してしまった。
 なにかを隠している?

「ソルジャーには関係ないことだろ」

 頬をわずかに膨らませて、拗ねたようにジョミーは言った。
 拗ねたいのはブルーの方だ。大切にたいせつに成長を見守ってきた自分の子ども、否、それ以上の想いを抱いているというのに。
 しかし、ジョミーの態度でおおよその予想はついた。それを確認する為に、ブルーはそっと背を伸ばし、背を向けたままのジョミーの手元を覗き込んだ。
 見えたのは、ミュウの歴史を記録したデータだ。そして、ちょうど表示されていたのはアルタミラの惨劇についての項目だった。
 ああ、やはり。予想は当たった。
 だが、ブルーの中を一瞬だけ様ざまな感情が渦巻いた。怒り、憎悪、哀しみ、痛み。その哀しい懐古に眩暈がした。思わず目の前にあったジョミーの肩に手をつく。

「ソルジャー……」

 ばれる事を分かっていたのだろう。ジョミーはどうしようと迷うような瞳でブルーを振り仰いだ。その顔にわずか、癒される。

「優しいね、ジョミー」

 心配をかけまいと微笑みかける。だが、意図に反してジョミーの瞳は潤んでいった。
 ジョミー、名を呼んで抱きしめようと腕を伸ばすと、反対に抱きしめられた。

「ブルー!」

 ジョミーの立ち上がった勢いのまま、先ほどまで背を預けていた壁に身体がぶつかった。じんじんとした痺れが背中から身体中に伝わっていく。ブルーが呆然とその痺れを受け流すうちに、さらにきつくジョミーに抱きしめられた。
 頬がふれあい、耳の側で名を呼ばれる。

「ブルー……っ」

 泣いているのかその声は小さく、濁っていた。
 ブルーは黙ってジョミーを抱きしめ返した。今、かけるべき言葉をブルーは言えなかった。
 ジョミーは自分の代わりに泣いてくれているだけだ。どうしたのか、大丈夫か、などと問えるはずもない。
 温かな身体を抱きしめ、触れ合った頬をさらに寄せる。するとブルーの頬へもジョミーの温かな涙が伝ってきた。

「ジョミー」

 名を呼ぶと、ジョミーはキスをくれた。
 いつの間にジョミーは自分の欲しいものがわかるようになったのだろう。そこに驚きとも感動とも判別のつかない気持ちが溢れた。
 ブルーはもう一度、と呟いてジョミーの身体を抱きしめる。
 すると背にあった腕がもぞもぞと動き、首へとまわされた。ジョミーとブルーの身体がいっそう近づき、ジョミーはブルーの願いどおりにもうひとつキスをくれる。今度は深いキスだった。
 自らの希望など、口にしたのはいつ以来だろうか。わがままを押し殺し、生きてきた。そうでなければ生きられなかった。

「ジョミー……」

 キスの合間にまたブルーはジョミーの名を呼んだ。
 その頬を温かなしずくがひとつ、伝わり落ちる。

written by ヤマヤコウコ