The kitten which got wet with night dew

 目が覚めたら、そこはブルーのベッドだった。

 夜露に濡れた仔猫

 上半身を起こして、ジョミーは額に手を当てた。
 目覚めたばかりの瞳は光に慣れず、未だジョミーの前に広がる現状を映してはくれず。さらに、目が覚めた瞬間に驚いたものだから、微かにこめかみが痛んだ。
 だが、ジョミーがいるのはブルーのベッドで間違いない。何度か潜り込んだことのある、ベッドの特別柔らかな感触。そしてジョミーの身体中に染み付いたブルーの匂いは、そこにいない彼に抱きしめられているかのような錯覚をジョミーに今なお与え続けていた。
 だが、その彼は隣りにはいない。
 どうして、こんなところで。
 眠る直前の記憶を探るがまったく引き出されてはこなかった。
 額に当てた自らの手を、顔を撫で、首元へ落とす。すると、マントが取り外され、服の首元が緩められていることに気付いた。誰が、と考えれば該当者は一人しかいないだろう。
 ジョミーは辺りを見回して、その名を呼んだ。

「ソルジャー?」

 瞳を刺すような光が煌々と灯るベッドからでは、暗闇の周囲はよく見えなかった。ブルーはいつもこんな景色を見ているのかと、ジョミーは少しの嬉しさと、その景色のあまりのつまらなさに呆れを覚えた。

「ソルジャー?」

 もう一度呼ぶ。
 するとジョミーの耳に硬い靴音が届いた。足取りは柔らかくゆっくり、だが規則正しく青の間にその存在を響かせる。まるで、彼自身が表現されたような靴音だ。
 目を閉じる。すると瞼裏の暗闇に彼の姿が浮かんだ。そのまま、ジョミーはブルーが近づくのを待つ。
 はじめの一言は、必ず名前だ。そして少し唇を緩ませて微笑む。確信を持っていた。
 そして近くで靴音が止まった。

「ジョミー」

 少し低く、包み込むような優しい声。わかっていたはずなのに、ジョミーの心臓は一瞬鼓動を止めた。
 一歩進む音。そしてもう一歩、近づく存在感の大きさに肌が熱った。

「起きたんだろう? どうして目を閉じているんだい、ジョミー」

 身体のすぐ脇で止まった足音ともに、おはよう、と頭を抱きしめられる。ブルーの匂いがさらに深まった。錯覚などより、実物の方がずっと気持ちがいい。ジョミーは、ブルーの胸に頭を預けて、ゆっくりと瞳を開いた。少し唇の緩んだ微笑みがジョミーの顔を覗き込んだ。

「おはよう、ソルジャー」

「ああ。おはよう」

 微笑みが嬉しそうな笑みに変わり、細い指がジョミーの金髪を撫でた。子ども扱いだ、と常々気に入らないと思っているのだが気持ちの良さには全て負けてしまう。
 そうして黙っていれば、顎をとられ薄くかかった前髪越しに額へと口付けられた。

「覚えているかい」

 するりとブルーの身体がジョミーから離れ、ブルーはベッドの淵に腰掛けた。鮮やかなマントが純白のシーツに波のように広がる。
 ジョミーは首を振った。ブルーがと笑う。「そうだろうね」

「半分眠りながらここに……、ぼくのところに来たんだよ。君は」

 そう言ってブルーは頬を微かに赤らめた。
 やめてほしい、そんな顔。作為的な行動なら笑うことも出来るが、自分の意識しないでの行動でそんな顔をされても反応に困る。
 ジョミーはブルーを見ることもできず、手元に視線を落とした。

「むかし……、そう君には大昔だね。ぼくが普通に暮らしていた頃に、」

 そこまでの言葉にジョミーは驚いてハッと顔を上げる。ブルーが、幼い頃の話をしようとしている……?
 そのジョミーに気付いてブルーが笑いかけてきた。そして腕が引かれ、抱きしめられる。

「夜に、部屋の窓を開けていたら仔猫が迷い込んできたことがあったんだ。勝手にベッドまで潜り込んできて」

 ジョミーの耳元でブルーが笑った。

「朝、怒られたよ。その仔猫はあまりにもびしょ濡れで、シーツが汚れて」

 思い出した記憶を少しずつ継ぎ足しながらブルーは話した。
 ジョミーはただそれを聞くのが嬉しかった。ソルジャーとしての悲劇の記憶は直接教えられたけれど、それ以外の優しいブルーの記憶をジョミーは一切知らない。ブルーはジョミーの知らない時間をずっと長く生きてきたはずなのだ。
 たがら、抱きしめられた腕に身体を預けて、ブルーの言葉ひとつひとつを自らに刻み付けるかのごとくジョミーは丁寧に相づちをうった。

「手放すまで少し、一緒に暮らしていた。まだ小さくていたずらばかりしたけれど、抱くと柔らかくて温かくて、必ずぼくの頬を舐めるんだ」

 「それがざらざらして痛いんだよ」あまりブルーが嬉しそうに笑うので、ジョミーはその猫と同じようにブルーの顎から頬へ舌を這わせた。
 またブルーが、すると思った、と笑う。気持ちが幼い頃に戻っているのか、心の底から幸せそうにジョミーには見えた。

「ジョミーの舌なら痛くないね」

 今度はブルーの舌がジョミーの頬を舐めた。吐息が頬を撫で、下のなぞった跡を冷やした。

「……もっと、していいかい?」

 ジョミーが恥ずかしさに言葉も発せずただ頷くと、二人の身体はじゃれあう仔猫のようにベッドへと埋もれた。

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