フィシスにしばしの別れを告げ、ブルーは眼下の星ナスカへ降りるためギブリへ足を向けた。
叶うことのないであろう残酷な約束をした。だが、遅かれ早かれ訪れた時期(とき)なのだ。これは寧ろ遅すぎた到来であり、幾度もブルーはその言葉を口にしてきた。
ぼくはもう長くない、と。
だからこそ次代のソルジャーにジョミーを選んだ。まさか、その成長した姿をこの瞳に映すなど、その時には考えてなどいなかった。
だが、その今。同じ言葉を口にし、諦めを諭すことなどできなかった。
自らはもうとっくに諦めてしまったというのに。
永い眠りから目覚めたとき、これは奇跡なのだと思った。幾年経っていたとしても、再び目覚めるなどあるはずもないことだと思っていたのだ。
だから、この残された僅かな生には意味があり、せねばならないことがある。そう強い使命感がブルーの内側を忙しなく動いていた。喩えるならば、身の内に人を抱えた妊婦というのはこういった感覚なのかもしれない。
しかし、その使命感とは別にブルーの内に蠢くものがあった。それに従い、視線を動かす。自分の知らぬ間に年月と経験を積み重ね、美しく成長したソルジャー・シンが凛々しい瞳で、小さな窓から眼下の星を見つめていた。その頬には星の色が映りこみ、ほんのり紅く見えた。
美しさに瞳を奪われた感嘆か、凛々しさへ安心か。ブルーは小さく息を吐き出した。
同時にギブリのエンジンも大きく呼吸する。操縦者のアナウンスが入り、昇ってきたタラップが格納された。続いて後部のシャッターが大きな振動と共に閉じられる。
だが、振動に不意を衝かれブルーの身体がよろめいた。
「そ……ブルーっ」
慌てた様子で駆け寄ってきたジョミーに抱きかかえられる。しなやかな腕に瞳が落ちる。柔軟な筋肉のついたジョミーの腕、反対に自分のものはなんて細く弱くなってしまったのだろう。これではきっとジョミーがよろけたときに抱きとめるなど決して出来ない。
「今、ソルジャーって言いかけたね」
自嘲を誤魔化すようにそう言い、ブルーはジョミーの身体を軽く押した。もういいよ、というつもりだった。だが、逆にその腕に抱きこまれてしまう。
ほう、と溜め息が漏れた。先ほどとは異なる、ぎゅっと抱きつく様が幾年前と同じジョミーだ。
どちらもいいな、と思うと、同時に「もしかしてジョミーに惚れ直してしまったかな?」と自問する。自分の気持ちが可笑しく感じられた。
「ジョミー……」
柔らかく名を呼んで頭を撫でてやる。すると擦り付けるように頭が動き、しっとりと生温かく濡れた唇がブルーの首筋に押し付けられた。
ギブリがゆっくりと発進する。