溜まった息を小さく吐き出す。それは体内に溜まった老廃物の浄化のようだ。
だが、ジョミーはつい行ってしまったその行為に対し、いけないと口もとを押さえた。
ここからは、しない。
決意しなおしてジョミーはドアの前で足を揃える。その爪先でゆっくりと青の間への道が開けた。
薄暗い部屋には青白い小さな灯りが間接的に室内を照らし出し、螺旋状の通路の下ではゆらゆらと水が遊んでいる。
そこをジョミーは緊張に固まった頬を緩めて歩んでいく。
「ソルジャー」
青の間の最奥へ差し掛かるところで、声をかけられる。否、正確には声ではなく思念波だ。ジョミーは足を止めて振り返った。
「リオ」
「お疲れ様です、ソルジャー」
聞きなれない敬称にジョミーは困って眉を寄せる。するとリオも眉を寄せていた。リオだって、まだ言い慣れていないのだろう。
二人で苦笑いを交わし、それはそうと、とジョミーは切り出した。
「ブルーは?」
リオは首を振る。
「今日はまだ……」
その言葉にジョミーは肩を落とした。日に日にブルーが眠る時間が延びている。
「もしかしたら起きていらっしゃるかと、私も様子を見に。でも、あなたがいらっしゃるなら必要はなさそうですね」
そう言ってリオは柔らかく微笑んだ。そしてジョミーが声をかける間もなく背を向けてしまう。
「あとはよろしくお願いします、ソルジャー・シン」
さて他の仕事だ、と悠々とリオは去っていく。ジョミーは伸ばしかけた手をしばし宙に彷徨わせて、ゆっくりと身体の脇へと戻した。
リオはジョミーとブルーの想いの交りを知っている。だからきっと気を使ってくれたのだろう。
しかし目覚めていないことを独りで確認するのは正直辛い。
ぐっと掌を握り締め、ジョミーは目的の場所へと視線を向けた。
今は灯りが落とされている。最近では意識の有無に関わらずブルーは灯りを落としたままでいるので、眠っているとは限らない。
ブルー……。その人に想いを馳せる。
いつの間にか「ソルジャー」と呼ぶのは止めてしまった。それはブルーの望みでもあったが、それよりも「ソルジャー」と呼ばれることの重圧をジョミー自身が知ってしまったからだ。
リオも以前のように「ジョミー」とは呼んでくれなくなってしまった。皆にソルジャーとして認められつつあることを考えるならばほっと息もつけるが、微かな寂しさは拭えない。
ジョミーはそんなことを考えながら、ゆっくりとブルーのベッドへと近づいた。
ずっとその重圧と孤独を抱えながら、その身体にある全てを仲間へと捧げてきた人がそこへ眠っている。
それを想えば、切なさと愛おしさがとめどなく溢れてきた。それは「ソルジャー・ブルー」への敬愛と、そして「ブルー」への愛情だ。
だからブルーのいるこの部屋で溜め息はつかない。できるだけ綺麗な空間で、「ソルジャー・シン」ではない「ジョミー」として身近な面会を過ごしたかった。
「ブルー、来たよ」
ブルーのベッドを囲むように巡らされたカーテンは今、半分以上閉じられている。それを片手で捲り、ジョミー軽く声をかけた。
「……待ってたよ、ジョミー」
少し掠れた柔らかな声が返ってくる。ジョミーは驚くよりも先に、急いでその枕元へと駆け寄った。
「ブルー、おはよう……!」
「ああ、おはよう。でも今の時間がわからないよ。おはよう、でいいのかな」
いいんだよ、と言って横からその身体を抱きしめる。すると、緩くブルーの腕がジョミーの背へと回された。
「ごめん、ブルー。来るのが遅くなって」
「うん。待ってた……ジョミー」
ずっと夢現で待っていたのか、ブルーはしどけない口調で言葉を紡いだ。だが、抱きしめた身体はジョミーのそれより冷たい。
ジョミーは優しく、けれど力強くブルーの身体をさらに引き寄せた。
ブルーが薄く笑う声が聞こえた。
「ジョミー……」
薄暗い中でブルーの三日月形に薄く開いた瞳が光って見えた。ジョミーの纏うマントのように赤いはずの瞳が今は暗闇色に見える。
ジョミーは声に呼び寄せられるようにベッドの淵に膝を上げ、ブルーの顔を覗き込んだ。その重さにベッドがギシリと鳴いた。
「ジョミー」
色素の薄い髪が鼻筋へ流れ、その髪の隙間からブルーがジョミーを見ていた。「キスを、くれないか」
その言葉にジョミーは黙ったまま瞳を閉じて顔を寄せた。
唇が重なると、ブルーの唇が乾いているのに気がつく。それを舌先で舐めてあげれば、ブルーは「くすぐったいよ」と笑った。
唇を交わしながら、ジョミーは身体をベッドの上にあげ、ブルーの上に馬乗りになる。なるべく体重をかけないように、ブルーの両脇へ手をつくと、その重さでベッドが沈み、僅かにジョミーとブルーの唇が離れた。
「……ん、」
だが、すぐに密着する。
ブルーは片腕でジョミーの顎を捉え、もう片方でジョミーのマントごと服の背をぎゅっと握り締めて引き寄せた。ジョミーも大人しくそれに従う。
身体を熱くさせる気のないキスは、唇の表面を触れさせ、ときおり微かに舌を交わすだけだ。
それでも息継ぎのときに瞳を開くと、心地好さに頬を緩ませた幸せなブルーの顔を見ることができた。それがたまらなく、ジョミーの心を満たしてくれる。
「は、ぁ……。……ブルー」
そして名を呼んでみれば、瞳を開きさらに幸せそうな瞳を見せる。
「……ジョミー……」
足りない呼吸を補いながら、その合間に名を呼ばれれば、ジョミーの心臓はきゅっと嬉しさと切なさで縮み上がった。
ジョミーは再びブルーへと顔を寄せる。ゆっくりと閉じられるブルーの瞳を、同時に瞳を閉じながら最後まで見つめ、そして唇を重ねた。