Esistenza

 青白い間接照明が囲む部屋の最奥で、瞳を閉じる。
 身体を横たえたベッドは特別に柔らかく温かい。
 だが比較対象のベッドをブルーが実際に使用した経験はなく、これは時折潜り込んでくる人物の意見だ。しかし、老いた身体へ負荷を与えることなく包み込んでくれているのだから、ブルーに不満はない。触れ合うものに一切の不満を抱かせないことこそを最高の印とするならば、これはブルーにとって最高の品なのだろう。
 じっと、ただじっとブルーは身体を休め続ける。身体からも精神からも力を解き、思念の消費量をできるだけ少なく保つ。それはまるで、ブルー自身の存在を純白のシーツへと溶け込ませるような感覚だ。
 イメージを描く。だんだんと透けゆく身体は背面からじわりとシーツへ滲んでいく。灼熱の砂漠にある砂地獄のようにシーツはブルーを取り込み、同化する。だが、それはとても静かで冷たい。
 腕を伸ばす、上へ上へと。もう誰にも見えないほど透けてしまった身体。その指先を少しだけ残して、ブルーの身体は失われる。
 消えてしまう。
 そう思うのは思い残すことがあるせいだ。

「……ブルー」

 すっかり大人びた声が優しく呼ぶ。
 こんなつもりではなかった。思いの丈をすべて託して消えようと、託し人として選んだのに。ブルーの存在を消してくれるはずのジョミーこそがブルーの消化を阻止し、ブルーをふり返させる。このまま消えたくないと思わせる。

「ブルー、来たよ」

 はにかんだような声のジョミー。その声は、見えないはずの指先から力強く手を握り締めて、ブルーを現実へと引き上げる。
 そしてブルーがゆっくりと瞳を開くとジョミーは、おはよう、と笑いかけてくる。先程まで「大人びた」と思えたのが嘘のような笑顔だ。
 なにがそんなに嬉しいのかと問いかけたい自分がいる。けれどそれ以上にその笑顔に出会えることを喜ぶ自分がいる。

「おはよう、ジョミー」

 声をかければ、ジョミーはそそくさと寄ってきてベッドの淵に腰掛ける。その歩き姿が少しおかしい。まるでペンギンのように細かな足取り、そしてベッドへ腰を下ろすときはスローモーションに見えるくらいゆっくりなのだ。

「ブルー、ブルー」

 身体の脇にゆるく流した手の凹凸をシーツ越しにジョミーの手が包み込む。それは、抱きしめていい?、の合図だ。

「まだ目覚めて5分も経っていないよ、ジョミー」

 仕様がないね、と苦笑して両手をシーツの上へと持ち出す。

「お疲れさま。おいで」

 労いの言葉とともに胸を開く。
 そこへジョミーは体重をかけないようにと気遣って、まるで添い寝をするように入り込んだ。
 だが重なりあった胸からは確かにジョミーの体重が伝わり、ブルーをベッドへと沈めこむ。
 溶け込むのとは異なる、存在の証をもらったかのような喜びがブルーを包み込んだ。

「ブルー」

 頬に頬が触れ、少し強引に背中へ腕が回される。
 顔を僅かにずらしてジョミーを見れば、至上の楽しみとばかりに頬を高揚させていた。
 そしてブルーの視線に気付くと破顔一笑して返す。
 かわいい、愛おしい。どんなものでもない「ブルー」へと存在の意味をくれるジョミーをブルーは欲しいと願った。
 だが純粋なる欲望は欲求を招く。これはどんなに長く生きようとも変わらない。ただ、それを嘲笑し、苦笑する余裕を本人へと与えるだけだ。
 そして苦笑したブルーをジョミーは不思議そうな顔で覗き込んでくる。

「どうかした?」

 疲れてるのかと心配げな顔をしたジョミーの、その隙にブルーはつけ入った。
 胸の上にあった肩を掴み、反対側へと押しやる。そして名を呼ぶ間も与えずにブルーはジョミーへ口付けた。

「ぅっわ……ぶっ、る」

 壊れた機械のような音を最後にジョミーは黙ってブルーを受け入れる。
 舌を交わすと、ねちりねちりと実際に音が聞こえそうなほど唾液が混ざり合った。一頻りその交差を楽しんで、ブルーは息と共にそれを飲み込んだ。

「誘ってきたのは、君だよ。ジョミー」

 ブルーはその存在を誇示するかのようにジョミーをベッドへと押し付けた。

written by ヤマヤコウコ