緩く温かな吐息と柔らかく幸せな思念に包まれて、ブルーは目を覚ました。
こうして目覚めるのはもう何度目のことだろうか。もう数えることなどできなくなってしまった。
ベッドの上で身体を起こす。身体の重さに眩暈がした。これではまるで鉛だ。
老いなど、もう慣れきったと思っていた。だが、とくにそれを感じるのは隣りで眠る可愛らしい寝顔の持ち主の所為だろう。
ブルーはゆるり頬を緩ませて、その顔を見つめる。
半開きの薄い唇、柔らかな肌。強い意思と優しい思念。
……涎が垂れそうだよ、ジョミー。
口元から覗くそれに気付いて、ブルーは思わず噴出す。すると、傍らに横たわるその身体がもぞもぞと動いた。
「……ソルジャー?」
くしゃくしゃと固まっていた顔が歪む。そして、あどけない口調でジョミーが口を開き、開ききらない瞳を手の甲で擦った。
「起こしてしまったかい?」
ううん、と言いながらもジョミーは大きな欠伸を一つして、潤んだ瞳をブルーへ向けて瞬かせた。
「おはよう」
そう声をかける。すると、ジョミーはほわりと顔を崩して、再び枕に顔を埋めた。
「ジョミー?」
「……また勉強、だ……」
そしてもごもごと顔面を枕に擦り付ける。
そのジョミーの頭へとブルーは手を伸ばし、金色の髪を優しく撫でた。
寝癖のついた髪はゴワゴワと太く、ブルーの指に絡みついてくる。それはまるで、今のブルーの想いのようだった。
ぼくだって、離れたくない……。
だが、口から出るのは諭す言葉だ。
「ダメだよ。ジョミー」
言った瞬間に胸の内は氷のようにキンと冷える。
「ダメでも、いやだ」
なのに、ジョミーはそのままの気持ちを簡単に口にしてしまう。
純粋な、じゅんすいなジョミー。どうか自分のように自らを殺す道を選らぶことのないように、そう願って止まない。
「ジョミー」
ジョミーは、むう、と頬を膨らませて枕に顎をのせた。その髪をブルーは優しく梳く。「帰ってきたら聞かせてくれないか。今日、ジョミーになにがあったのか、なにを感じたのかを」
絡みついた髪は少しずつほどけていった。
「いやだ……」
ぎゅっと腰へジョミーの腕が巻きつき、大腿に顔が埋められる。
「ジョミー」
「イヤだ! ぼくはもっとソルジャーと……、ソルジャーと一緒になにかがしたいんだ。一緒に見て、一緒に聞いて、一緒に……感じたい」
新緑色の瞳がブルーを見上げた。
まだ少し寝惚けているのだろうか。いつもよりいっそう感情的なジョミーに苦笑しながら、ブルーは冷えた胸がとろりと溶解するのを感じた。
「ジョミー」
「やだ」
名を呼んだだけで即答される。
ちがうよ、とブルーは不貞腐れるジョミーを胸に抱きしめた。
「二度寝、する気はないかな?」
胸の中のジョミーの瞳がぱっと輝く。
「するっ」
また即答したジョミーはすぐさまブルーの腕を離れて、ベッドの内側へ潜り込んだ。
「ソルジャーも」
そしてシーツを捲ってブルーを招く。ブルーはそれに大人しく従った。
その身体にジョミーが寄り添い、腕が回される。そしてブルーもそれに倣い、ジョミーの身体を抱きしめた。
そして緩く息を吐くと、胸の中のジョミーが笑う。
「……ソルジャーの心臓の音が聞こえる」
ジョミーはブルーの胸へ頬をすり寄せた。
「ブルーの匂いがする」
「いつもこうしているじゃないか」
「いつもはすぐ眠くなっちゃうからね」
そして、今日はとくべつ、とジョミーが舌足らずに言うので、ブルーは思わず苦笑した。
やはり寝惚けているらしい。
だが真実寝惚けているならば好都合だ。ブルーが「ジョミーが疲れている様子だった」と一言ハーレイへ言えば、ジョミーの咎は少ないだろう。
「長老たちを待たせるのも、いつも君を虐めている罰にはちょうど良いだろう」
その様子を思い浮かべ、ブルーはくすりと笑う。
するとジョミーが、なに?、と眠りかけた目で見上げてきた。
これではいつもと同じだよ、ジョミー。
そう心中で苦笑しながらブルーはジョミーの肩へシーツを掛けなおした。
「なんでもないよ。さあジョミー、なにか話でもしようか」
うん!、とジョミーは笑い、意気揚々と昨晩の続きとばかりアタラクシアでの思い出を語りだす。
もう少しだけ、この幸福を。
ブルーは相槌をうちながら、ジョミーをやんわり抱きしめた。