all of me

 いつからかジョミーは心の底から笑わなくなった。その理由は明白だ。
 ―――ソルジャー・ブルーが死んだから。
 その存在をぼくはよく知らなかった。けれど、ミュウの母艦シャングリラ、そしてぼくの生まれた地ナスカはいつもその思念に包まれていた。
 ジョミーは気付いていただろうか。それはわからない。
 けれど、ぼくがはじめて意識を持ってソルジャー・ブルーと対峙したとき、「それ」が彼の思念なのだとぼくは気付いた。それまでのぼくは、てっきり「それ」がジョミーのものなのだと思っていた。
 気付いてみれば、はっきりと違っていた。ジョミーの思念は力強く、生命力に溢れていた。だが、ソルジャー・ブルーの思念は穏やかで包容力があった。例えるなら、ジョミーはコンドルで、ブルーは大樹のようだった。
 そして大樹はコンドルの家だった……。

 

「ジョミー」

 声をかけながらぼくは姿を現す。ジョミーの思念を辿り、対象地も考えずに着地したが、そこは青の間だった。
 かつてブルーの部屋だった場所。今はジョミーのための場所。

「呼んだよね」

 ジョミーは苦笑した。

「ああ、呼んだよ」

 そういえば少し前に、意思を固める前に感づくようになったと、こうして苦く笑われたばかりだ。
 だがそれを改めるつもりは無い。そしてジョミーもそれを求めていない。
 「するな」、その一言を言わない限り、ぼくは自分の能力、すべてをもってジョミーに従う。

「他の者の様子はどうだ」

 他の者、この場合に意味するのはナスカの地上で生まれたぼくの仲間のことだ。タイプ・ブルーと呼ばれる強い能力を持ち、愛されて産まれたぼくら九人、ナスカの子、ナスカチルドレン。
 人類との、―――と言うとジョミーは否定をするけれど―――グランド・マザー、そして国家元首キース・アニアン率いる人類統合軍との戦いに次ぐ戦い。その主戦力はぼくらだ。

「大丈夫、なんともない」

 なんともない、その内に含まれるものをジョミーはどう受け取っているのだろうか。
 ナスカチルドレンの中には、ジョミーの冷徹な態度。そして、強い力を持ったぼくらを畏怖するミュウたちに反感を抱いているものも多い。
 ぼくらは愛されていたはずだった。ぼくらの強い力は求められていたはずだった。なのに、とそう思えば思うほど、他のミュウたちへ、そしてその長たるジョミーへ反感は向かっていく。
 身体も心も、その急激な変化に皆ついて行けていないのだ。そう、ぼくだって。

「……そうか」

 ぼくの答えに、ジョミーは冷たい口調のまま、それだけを短く口にした。
 だが、ぼくの力は敏感にジョミーの変化を感じ取る。ほんの僅かに、柔らかく、優しく、ジョミーの思念が変化する。
 ぼくはちらりとジョミーの表情を盗み見た。こっそり、こっそりとジョミーが気付かないように。
 ジョミーはなにかを考えるように瞳を閉じていた。その表情が先程より柔和になっている。
 冷徹なソルジャー・シンとなったジョミー。そのジョミーが無意識に、その感情の鍵を綻ばせるのが青の間だった。
 それでもその変化は極僅かだ。きっとぼくでなければ気付けまい。冷徹なソルジャー・シンしか知らない、他のナスカチルドレンでも無理だろう。
 ぼくだけだ。
 その気持ちがぼくを支える。優しいジョミーがまだいると感じられる。ぼくを、ぼくらを愛し、心配している人がいるということ、それだけでぼくは戦える。ただただジョミーを信じ、何も考えずその命令に従うことができる。
 これを他のナスカチルドレンへと伝えれば、どれだけ喜ぶだろう。けれど、これはぼくだけのものでなければならなかった。
 今はまだ、ぼくの言葉一つで皆をまとめ上げられる。これは切り札だ。
 そして何より、ジョミー自身がその感情をひた隠しに、冷徹なソルジャー・シンとなっている。ぼくがそれを崩すわけにはいかない。
 ぼくはジョミーの武器だ。引き金を引かれれば弾丸を発射し、振り下ろされればすべてを引き裂く武器。
 ぼくだけは、ジョミーに信じられていなければならない。暴発する銃を持つ者はいない。刃が自らへと向かう剣を握る者はいない。
 ……用は済んだ。ジョミーの思念が伝わってくる。

「じゃあ」

 姿を消そうジョミーへ背を向ける。すると、ジョミーが珍しく必要のない言葉を口にした。

「よく、休むように」

 驚いてジョミーを振り返る。だが、ジョミーはぼくを見てはいなかった。見つめていたのは、傍らのベッドだ。

「間もなく戦闘が再開されるだろう」

 付け加えるようにジョミーは言った。

「……了解、ジョミー」

 言い切って、青の間から姿を移す。
 ジョミーの優しさを引き出す青の間。ジョミーの愛をすべて受けたまま、逝ってしまったソルジャ・ブルー。
 姿を現し降り立った廊下を、ぼくは大股で歩いた。なるべく思念は使うなと、幼い頃に言われたままにぼくらはそれを守っていた。
 恨むよ、ソルジャー・ブルー。そしてジョミー。
 強い愛でぼくらを縛る鎖。愛されていたあの頃が戻らないかとどこかで願い、求める幼いぼくら。
 ぼくらの、ぼくの想いのすべてはジョミーのものだ。
 生きる意味も、希望もすべてジョミーが持っている。
 あの一瞬、ジョミーの優しい思念。そのために、ぼくは生きる。そして生きる為に戦う。

written by ヤマヤコウコ