足音が妙に気になった。初めて来たときには様々な感情で頭がいっぱいでそんなことに気付きもしなかった。
肩から垂れるマントが歩調に合わせて空に遊ぶ。その感触には未だ慣れない。
ソルジャーが大丈夫って言ったんだ。
そう言い聞かせて自分を励ます。
でも、言われてからちょっと時間が経ってるし……。
そうして度々、マントは床に落ちた。
だが、とうとうこの部屋―――青の間の最奥までジョミーはやってきた。しかし、そこにあるはずのベッドは今、厚いカーテンに覆われている。
どうしよう。
寝ているのかもしれない、それを理由に弱気なジョミーが逃げ腰を強める。
「……ジョミー」
そして強気なジョミーが弱気なそれに負けようというとき、静かな声がそれを引きとめた。
「待っていたよ」
カーテン越しのくぐもった声。それに続いて、ごそごそと動く音がした。
「ようこそ」
そうして声とともに、カーテンの合わせ目からソルジャー・ブルーが姿を現す。
「そんなところにいないで、こちらへおいで。ジョミー」
言われてはじめて自分の姿を見返す。カーテンから十歩ほど離れた場所で、半分背を向けたまま固まっていた。
「そ、ソルジャーが驚かすから」
照れくささに、思わずそう言いがかりをつける。
けれど、ブルーはそれに対して怒る様子すら見せずに、柔和に微笑んだ。そしてもう一度、おいで、とジョミーを招いて手を差し出した。ジョミーは大人しくそれに従い、手を重ねる。
すると、ブルーの華奢な腕から意外なほど強く手が引かれ、ジョミーの身体はまるでマントのように軽くカーテンの内側へと引き込まれた。
「……っ!」
「待っていたよ、ジョミー」
そして柔らかく抱きしめられる。ほっと吐き出された温かな吐息が耳をくすぐった。
「ソルジャー……?」
くすりとブルーが笑い、僅かに身体が離される。
「心配、していたんだ」
そして瞳が真正面から向き合い、額がこつりとぶつけられた。
「なかなか来てくれなくて、待ちくたびれてしまったよ」
言葉とは裏腹にブルーは嬉しそうに笑った。
そして、その緩く持ち上がった唇がジョミーのそれに軽く触れて離れる。身体も離れる。
「さあジョミー、いっぱい聞かせておくれ。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと。なんでもね」
唯一繋がったままになった手を引き、ブルーはベッドへ腰掛けた。ジョミーにもそれを促す。
ジョミーは再度それに大人しく従った。腰を落としたベッドは予想以上に心地良くふわりとジョミーの身体を受け入れた。
この人は特別なんだと、こんなところで改めて感じさせられる。
「ジョミー」
子どものような瞳がジョミーを見つめ、話をしろを迫ってきた。悪意はないとわかっていた。だからこそ、なにを話していいのかわからず、ジョミーはその瞳から逃げ、俯いた。
「え、と……」
「うんうん」
それきり言葉は出なくなってしまった。
あれは話していいのか、これを説明するとなると、あれも言わないと。でも、でも。
焦りと緊張に固まるジョミーの手がぎゅっと握り締められる。繋いだままだったことも忘れて、ジョミーはその掌を硬くしてしまっていた。
「ご、ごめん!」
急いで掌を開き、それだけを言う。そして、すぐにまずいとジョミーは付け加える。
「……なさい」
「ジョミー」
放そうとしたはずの手が、ぎゅっとブルーに握り締められる。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ。言っただろう? 誰がなにを言おうと、ここに来てもいいって。そして君は来てくれた」
そういったブルーはほっこりと頬を緩ませて笑んだ。
「なんでも聞くよ。失敗も、成功も。恥ずかしいことなんてない、話しちゃいけないこともない」
まあ、ジョミーが話したくないことは話さなくてもいいけど。
不貞腐れたように、ぼそりとブルーは続けた。それにジョミーは一瞬驚いて、そして笑った。
「そう。そうやって笑って、話したいことを話してくれればいいんだ」
「怒っても?」
「いいよ。でも泣くときは言って欲しい」
なんで、とジョミーが首を傾げる前に握られていた手が離れる。そして離れていた身体が引き寄せられた。
「ジョミーが泣くときは、抱きしめていたいから」
ね、とブルーは一度ジョミーをぎゅうと抱きしめて、解放する。
そして再び見えた微笑みと、改めて重ねられた手に、ジョミーは身体の心からほこほこと熱った感情がわきあがる気がした。
「じゃ、じゃあ」
「うん。なんだい?」
言っていいのかな。
再び湧き上がる疑問をジョミーはごくりと飲み込んで、代わりに言葉を口に出す。
「ソルジャーの話も聞かせてくれる……?」
今度はブルーが一瞬驚いて顔を固まらせた。それをジョミーはドキドキしながら上目遣いに見る。
「ぼくばっかりじゃ……」
「……いいよ」
でもジョミーが先だ、とブルーは笑った。
「今日はなにをしたんだい?」
「え、と。今日は起きてから、朝ごはんにトーストと……」
今朝からの行動をひとつひとつ思い出して、口にする。
するとブルーは「そこからかい?」と呆れたように口にした。
「もっと、聞かせて。全部だよ」
そう言って意地悪そうに笑った。