「もー、どこだよ!?」
生徒会室……もといソルジャー室の入り口でジョミーは思い切りの悪態をついた。
ジョミーがソルジャー室を出たのはもう2時間も前のことだ。だというのに、いまだ目的を果たすことが出来ずに振り出し地点へ戻ってきてしまった。
「あーもう、ブルーはどこ行ったんだよ」
開きっぱなしの引き戸に凭れかかり、うな垂れる。
しかし室内にいるリオとフィシスは、2時間前と同じく「さあ、どこでしょうね?」と微笑んで返すばかりで手伝おうとさえしてくれない。
なんだこの仕打ちは。いじめか!? いつも通りの新米いびりだっていうのか!?
内心でさらなる悪態をつくが、それらはジョミーに新たな疲労感を与えるばかりで何の役にも立ちはしない。
仕様がない。もう一度、端から校舎を回っていこう。
ジョミーはふらふらとした足取りで生徒か……ああもう、ソルジャー室!に背を向けた。
「頑張ってくださいねー」
そのジョミーの背に、それぞれ語尾に「ソルジャー」と「ジョミー」をつけてリオとフィシスがエールを送ってくる。
ジョミーにはエールよりも疲労感がどっと押し寄せた。
ジョミーは肩を落として廊下を進んだ。
なんだってぼくがこんなに必死にならなきゃいけないんだ。
そう思いながらも端に落ちていた紙くずを拾い、教室の後部に設置されているゴミ箱へ投げ込む。
ソルジャーがゴミを放置したらいけないんだ。
そう形だけの偽善的な言い訳を胸中でつける。だが、もしジョミーがソルジャーでなかったとしても「ゴミはゴミ箱に」くらいは小学生で身に付けている。ただ少し、男子としては恥ずかしい。
なんか細かい男みたいじゃないか。
男なら誰しも大きな人間に憧れるものだ。そう、今まさに窓の向こうに広がる大きな夕陽に向かって叫ぶような強い男だ。
そしてジョミーは自然と足を止めた。
「もうこんな時間か……」
口から漏れるのは相変わらず疲労感を増す言葉。だが、大きく燃えるような色をした夕陽にジョミーは見惚れていた。
もう、いいや。今日は諦めよう。
そう決めて、ジョミーは一番近い階段へと走った。「廊下は走るな」は身に付けていないことにする。
ジョミーは階段を一つ飛ばしで昇った。もともと運動は得意な方だ。だが、だんだんと息が切れ、額に汗が滲んでくる。
そういえば入学以来、押し付けられたソルジャーの仕事に追われて、ろくに運動などしていない。ついでに、いつの間にか部活への入部時期すら逃してしまったままだ。
入学前はサッカー部に入ろうと意気込んでたのになぁ。
再び思い出した頭をもたげさせる問題をジョミーは走るスピードを上げることで追い出した。
そして、ジョミーの目に錆びの目立つ鉄扉が姿を現す。これを開けば屋上だ。表面とは対照的に良く手入れをされたドアノブを握り、ジョミーは重い扉を開いた。
すぐに橙に染められた風景がジョミーを出迎え、思わず感嘆の声を漏らす。
「わ、あ……」
なぜかいつもより大きく見える太陽がビルの合間へと沈んでいく。
そして屋上の風は、汗の滲んだジョミーの頬をなで、金の髪を遊ばせた。これまでの疲労感が一瞬にして消え去るような心地良さだ。
「ジョミー……?」
そのジョミーへ背後から声が掛かる。
驚いて振り返れば、この2時間必死に探していた人物が座り込んでいた。
もしや、こんなところで一人、倒れていたんだろうか。咄嗟にそう考えて、すぐさまジョミーはブルーへと駆け寄った。
「ブルー、大丈夫!?」
「……なにがだい?」
だというのに、ブルーは平然と腑抜けた顔で焦るジョミーを迎えた。それですぐにジョミーは早とちりだったと理解する。
は、ずかしー……。
ジョミーはコンクリートの上に正座したまま肩の力を落とした。
「ジョミー?」
それを理解しているかのように、ブルーは笑う。
それに流されるようにジョミーも渇いた笑みを返す。
ま、まあ。なにごともないなら、いいか。
小さく息を吐き出し、ジョミーはブルーの隣りに腰を据えた。
「ずっとここにいたんですか? ゼル先生にブルーのサインもらって来いって言われて、探してたんだけど」
胸ポケットから折り畳んだプリントを取り出し、ひらひらと白旗のように振ってみせる。
夕陽の中で、それはまるで南国の蝶のように見えた。
「いや、ついさっきだよ」
言いながらブルーはジョミーの手からプリントを速やかに奪い取る。そして大して内容も読まずにどこからか取り出した高級そうな万年筆でサインをしてしまう。
「あまりにも夕陽が綺麗でね」
そしてすんなり、はい、とものの数秒でジョミーの手にプリントが返された。
そのあっさりとした行動に、これまでの捜索時間がまるで意味がなくなったようで、物足りなさを感じる。
しかも、超テキトー……。大丈夫かな。
そう思いながらジョミーは受け取ったプリントのサインを見つめる。ブルーのサインは滑らかに書き込まれ、書き慣れていることが伺えた。
しかも、あのブルーが常にペンを持ち歩いているなんて。
そう考えれば考えるほど、ブルーがずっと1人でこの細務を担ってきたのだと認識せざるを得なくなる。
なんか、フクザツだ……。
ジョミーはブルーのサインを見つめたまま、眉を寄せた。
「……ありがとう。ジョミー」
不意をつかれた、ブルーの言葉にジョミーは弾かれたように顔をあげる。
そこにはブルーが紅い顔で夕陽を見つめていた。
「君のおかげで、ぼくはこうして夕陽が見られる」
「……ブルー」
「ありがとう」
そう言って、ブルーはジョミーへ顔を向け、微笑んだ。
ジョミーはどうしていいかわからなくなり、胸へ膝を抱え込む。
こんな真面目なブルー、はじめて見た……。
太陽に照らされたせいか、顔がじわじわと赤くなる。
「ブルー、ぼく……」
「ところで、ジョミー」
ジョミーの言葉を遮るよう言葉を発し、ブルーはにわかに立ち上がった。そして座ったままのジョミーを笑顔で見下ろす。
「もう下校時刻なわけだが、そのプリントをゼル先生に渡さなくてもいいのかい?」
「あ!」
ゼル先生は帰宅が早いので有名だ。しかも教師ってのはいらないときには現れるのに、必要なときには捕まらないと相場が決まっている。
ジョミーは慌てて立ち上がり、屋上への出入り口を目指す。
「ジョミー」
「ななな、なに!?」
焦るジョミーの背に声がかけられる。ジョミーはドアを片手に、声をかけたブルーを振り返った。
「校門で待っている。早く来てくれたまえよ」
「あーもう! そんなの後で言ってよ!」
ジョミーは慌てて階段を駆け下りる。
重い鉄扉が大きな音を立て、乱暴に閉じられた。
そして屋上に残されたブルーは、ほとんど沈んでしまった夕陽を見つめて微笑む。
「ありがとう、ぼくの太陽……」