耳を響きわたるけたたましいサイレンの音が消えていた。代わりに真綿のような優しい響きが鼓膜を撫で、ジョミーの意識をゆっくりと現実へ引き戻す。
ぼんやりとした頭のまま、微かに目を覚ます。だが、突然の光に一瞬で瞳を閉じる。そのまま、深く息を吐き出すと、妙な身体の重さを感じた。
「ジョミー?」
声とともに身体近くのスプリングがぐっと沈み込む。そこにふわりと青の間で感じる匂いがした。ブルーの匂いだ。
「……ブルー?」
今度は慎重に瞳を開く。すると今度は視界が薄く陰っていた。
なんだろう。そう思いながら恐るおそる瞼をあげる。ぼやけていた世界の焦点がだんだんと定まってきた。
そして瞳が完全に開くと、ジョミーの目前にブルーがいた。
「ブ、ルー」
出た声は意図をせず掠れる。だが、ブルーはほっと頬を緩ませ、ジョミーの頬へと手を添えた。
「気分はどうだい、ジョミー」
「な、んか。身体、重い……」
ブルーは「そうだろうね」と呟き、ジョミーの額へキスをした。そしてゆっくりとジョミーの上から身体を引く。
すると窓から差し込む人工的な陽の光が瞳を射し、ジョミーは思わず目を背けた。
「ジョミー!?」
「だい、丈夫。少し眩しかっただけだ」
慌てて再び腰をあげたブルーをジョミーは片手で制す。そして、手で瞳を覆いながらじわりじわりと光に慣らす。
「ぼく、どうしたんだ、っけ……?」
問いながら自らの記憶を遡る。すると、指の隙間から漏れる光の量に伴って、だんだんと記憶が戻ってきた。
「人類との戦いで独り、艦外へ出たんだろう。そして怪我をした……」
「そうだ。誰か怪我は!?」
ブルーの声に促され、記憶が明確になったジョミーは慌てて身を起こした。
だが、今度はジョミーの方がブルーに制される。
「大丈夫、みんな無事だ。君以外、ね」
「そう、か。よかったぁ……」
ブルーに押し戻された身体をベッドに沈める。すると、目覚めたときに感じた倦怠感が何重にもなってジョミーを襲った。
「まったく、無茶なことをしたね。君は」
「……ご、めん」
ジョミーは叱咤の声に虚ろに答えを返した。その声があまりにも弱々しかったのか、ブルーは再び顔を顰めてジョミーの顔を覗き込んだ。
額にブルーの冷たい手があてられ、身体が火照っていたのだと今更ジョミーは知った。
「ジョミー、気分が悪いのかい?」
「すこし。でも、大丈夫……」
ブルーの手の心地良さにほっと息を吐く。
「怪我のせいで血が足りないのだろう。熱もあるようだし、しばらくは休みたまえ」
そう言ったブルーは、加えて「ジョミー」と静かに名を呼んだ。それにジョミーが頷くと、ゆっくりとブルーの顔が近づいた。
そのままのスピードで唇が触れ、微かな音をたててすぐに離れる。
「心配、したよ」
首の裏から腕が回され、ブルーの腕にジョミーは抱きこまれた。
「ごめん、ブルー」
ジョミーもブルーの頭を抱きいた。その銀の髪に手を差しこみ、混ぜる。
「……ソルジャーとして、ジョミーが頑張ってくれるのは嬉しい。だが、無闇に自分の身を危険に晒してはいけない」
顔をジョミーの脇の枕に埋め、ブルーは苦痛に満ちた声で言った。ジョミーはもう一度ゆっくり頷き、ごめんと呟く。
「いつもと、反対、だね。ブルー」
努めて明るくジョミーは言った。
するとブルーは照れたように一笑した。
「そうだね」
ジョミーもそれに頬を緩ませる。ブルーの髪に指を絡ませ、指先で柔らかに弄んだ。
「そんなに心配、したんだ?」
ぐらりと世界が渦巻いた。ジョミーはその視界を閉ざし、代わりに鼻腔からブルーの匂いをいっぱいに吸い込む。
「そりゃあするだろう。命に関わる傷ではないと聞かされても、肝が冷えたままだった」
そう。ジョミーは溜め息を吐くように答え、頬を緩ませたままもう一度大きく息を吐き出した。
それに気がついたのか、ゆっくりとブルーは身体を持ち上げる。
「ジョミー、大丈夫かい?」
「ごめ、ちょっと……きも、ち、わるい……」
じっとりと汗の滲んだ額をブルーの指が撫で、後にぱらぱらとジョミー自身の髪が散らされる。そしてもう一度額が拓かれ、ブルーの唇が音を立てて触れた。
「もう少し眠るんだ、ジョミー」
ブルーが身体を引く気配を察し、ジョミーは額に触れていたブルーの手首を捉えた。そして渦巻く世界のまま、驚くブルーを見上げる。
「ブルー、は……帰る?」
「……いや」
ブルーは「まったく、ジョミーは」とでも言うように嬉しそうな溜め息を吐き、手首を握り締めたジョミーの手を緩く解いた。そして、その手でジョミーの手を包み込む。
「しばらくはここにいるよ」
「しばらく?」
不満げにジョミーは首を傾げる。するとブルーは、困ったな、と視線を泳がせた。「皆を振り切ってきたんだ」
「だが、できるだけいるよ。だから安心してお休み」
それを聞いてジョミーはにっこりと頬を持ち上げ、瞳を閉じた。
「おやすみ、ブルー」
「おやすみ、ジョミー。万が一、目覚めたときにぼくがいなくても怒らないでおくれ」
「やだ」
ジョミーが即答すると、はあと大きな溜め息が聞こえ、閉じた瞼にブルーの唇が触れた。