けたたましいサイレンがジョミーの耳を突き裂くように響いていた。あまりの音に鼓膜も麻痺してしまったのか、うるさいと感じさせることもなくただその身を震わせている。
そしてまた大きく、船が、シャングリラが揺れた。思念によるシールドを潜り抜けた人類の攻撃で、どこかが被弾したのだろう。
ジョミーは歯噛みしたい思いだった。だが決してそれを表情や態度には表さない。そうすれば事態は悪化するばかりだ。
沈黙は有益なものである。
それはジョミーがソルジャー・シンとなって学んだことだ。
傷ついた者へやさしい言葉をかけたい。感情にしたがって叫び、泣きたい。
だが、ジョミーがそのどちらをしても細やかすぎる精神をもったミュウたちには悪影響の方が大きい。
やさしくすれば甘え、安易に感情を見せれば信頼を失ってしまう。
しかし、沈黙は違う。必ずしも状況を好転させはしないと同時に、決して悪化させることはないのだ。
そしてジョミーが自らの想いを封じ込め、沈黙のままであり続ければ、彼らは勝手に理想のソルジャー像をジョミーに見出してくれる。
容易いことだ。しかし、それが酷く虚しい。
ジョミーはいつの間にか握り締めていた拳を静かに解いた。腕を前方へ伸ばし、新たな命令を口にするため肺へと空気を送り込む。その空気はあまりに多くの感情を孕みジョミーの身体を圧迫した。
ジョミーは片手でゆるく膝を抱えていた。
また、来てしまった……。
後悔に顔を伏せる。視界には青々と茂った芝生がジョミーの陰に隠れ、青黒い姿でぴんと背を伸ばしていた。
穏やかな風がジョミーの背をやさしく撫でてゆく。あまりの情けなさにジョミーは膝へぎゅっと顔を押し付けた。
戻らなければ、そう思うが思うように身体が動かない。
手が動かない。脚が動かない。声が出ない。涙が出ない。
ただ、虚しさと侘しさ、自らを恥じる情けなさが身体に満ち溢れ、いつも身に着けたマントのようにジョミーの周囲へ広がっていくような感覚だった。
「……ブルー」
まるで簡単な計算のように唇がここに居る意味をはじき出す。
逢いたい。自分をただ欲しいと言ったあの瞳に見つめられたい。だがそれは叶えてはならない望みだ。
「ブルーも、こんな想いをしてたのかな……」
まるで過去へと戻ったかのような口調でジョミーはその想いを自らにこの試練を、悲痛な人生を与えた人間に馳せた。
だがどんなにいまが辛くとも、彼の人を恨む気持ちは微塵もない。ただ、熱く灼けるような感情に胸が締め付けられるだけだ。
「いつも君を見ていたよ」
ジョミーの耳元をそよ風が撫でた。彼の人は幸せそうに目尻へ皺を寄せてそう言っていたことを思い出す。
「見るだけなら、許してくれる……?」
肌が粟立つ。動悸が激しくなる。
ジョミーはぎこちない手つきで傍らの草を握り締めた。爪の合間に土が入り込み、じっとりと湿った冷たい感触が背筋まで這い登る。
だが手はそのままジョミーの体重を支え、身体を持ち上げさせた。
行って、いいのかな。最後の迷いがジョミーの身体を強張らせる。しかしそれを振り払うようにジョミーは勢いよく立ち上がり、身体を陽の光へと晒した。
ジョミーにブルーの居所はわからなかった。だが行く宛てはあった。子どもたちの根を辿れば、必ずスクールへと通じていくはずだ。それをミュウの中で唯一、ジョミーは知っている。覚えている。
小鳥の囀りに似た高い声をあげながら幼い子どもたちが駆け抜けて行った。ジョミーはそれを真正面から受けとめるようにその道を逆走する。
まるで現実での進軍だ。ジョミーは前も見ずに向かってくる子どもたちを避けながら苦い笑みをかみ殺す。
育英都市にいる子どもたちはSD体制の申し子だ。いずれ成長し成人検査を通過した暁にはマザーの愛し子として「まっとうな」人類となる。
……ブルーは……?
ジョミーはその疑問をわざとらしく頭を振ることで消し去った。
「ブルー!」
ジョミーではない声が叫んだ。思わずジョミーも振りかえる。視線の先にはフットサルコート、その脇にあるベンチを囲むように数人の少年たちが固まっていた。
「ブルーもサッカーしようよ」
少年たちの声にベンチで本を広げていたブルーが顔を上げる。
ジョミーは隠れることも忘れて、その様子に見入った。
「ごめん、今日は体育があったから疲れちゃってさ」
馴れた口調でブルーは少年たちの誘いを断る。ミュウは皆、身体に弱さを抱えている。ブルーも例外ではなく、年若い時分でもそうだったのだろう。
「ブルー。お前、結構上手いのに損だよなぁ」
不満げに少年たちは言葉を連ねる。ブルーはそれを苦い微笑みで受けとめ、また誘ってよ、と明るくそして申し訳なさそうに付け加えた。
「じゃあ次な!」
「うん」
また、とブルーはベンチへ本を置き、立ち上がって少年たちを見送った。ぶんぶんと力強く手を振る少年たちに反してブルーは軽く手を振って応える。そして彼らの声も姿も小さくなると、その手は力なくブルーの脇へと下ろされた。
そのままブルーは立ち尽くす。少年たちのもう見えなくなった背中を意識だけが追いかけていったように、ぼんやりと空気に髪を遊ばせる。
ゆっくりとブルーの視線が地へと落とされた。俄かに唇が小さく動く。
「……ジョミー……どこ……?」
身体ごとジョミーのこころが大きくどくりと脈打つ。思わず唇が名を印す。「ブルー……」
すぐさまブルーの空色の双眸が持ち上がり、ジョミーを捉えた。