今日はなぜだか「ちょっとわるいこと」と「ちょっといいこと」の繰り返しだ。
まず朝起きたら隣りにジョミーが居なかった。いつものことだ。
だけどすこしわるいこと。
でも、ベッドサイドのテーブルに「先に行く」ってメモ書きがあった。
あとは小さなキャンディが2つ。ころんとメモのそばに転がっていた。ぼくのものではないし、ましてジョミーが口にするとも思えない。
それに、それはぼくが小さい頃に――いや、1年も前じゃないけど――好きだった甘いあまいキャラメルキャンディだった。ぼくが泣くたびにジョミーがポケットから出してくれたキャンディだ。あまりにジョミーがそれで誤魔化すものだから、ジョミーはよくママに怒られていた。
ジョミーはまだぼくがそれを好きだと思っているのだろうか。だから残していってくれたのだろうか。確かにまあ、いまだってすごく好きだけど。
とにかく、これはいつもはないことだ。
普通ならただ放置されて、まるでジョミーはそこに居るはずもないみたいに消えている。
当然のように書き置きなんてなにもない。あとで文句を言ったところで相手にもされない。
だからちょっといいことだ。
嬉しくなって書き置きのメモを胸内のポケットに仕舞って、口へキャンディをほおりこむ。もう一つはやっぱりポケットに押し込んだ。
やさしく甘ったるい味が口内に満ち、うきうきしながら部屋を出た。今日はもっといいことがありそうな気がしてた。
でも、部屋を出た途端ペスタチオにぶつかった。
ぼくの身長は今や180センチを超え、ジョミーよりも大きいくらいだ。対してのペスタチオは見た目は10歳ほどの子どもくらい。ぶつかったら当然ペスのほうが吹っ飛ばされる。
もちろん慌てて抱き起こした。それでもペスタチオにもツェーレンにもアルテラにも、果てはタキオン、タージオン、コブにまで。もう全員から怒られた。
どこに目がついてるの、バカじゃないの、呆けてるの、とかいろいろ。散々言われた。
ちょっとどころではなく、わるいことだ。
そんなことのために、いつもみんなと共に居るミーティングルーム――という役割ではあるが、要は他のミュウとぼくらを隔てる為の部屋だ――すら追い出され、ひとり寂しく格納庫でおヤエさんによって改造の為された戦闘用シャトルのメンテナンスをする破目になっている。
もちろんそれはやらなきゃいけないことだし、もとから今日のスケジュールにある行動だ。ジョミーに言われればすぐにでも戦闘へ行くことがぼくに、そしてぼくらに託されたジョミーの希望だ。
だけど、なんとなく胸がもやもやしてたまらない。
生まれてからずっと、誰かとともに居た。最初はママ、パパそしてジョミーやみんなに祝福されてぼくは生まれた。パパを事故で、ママもナスカで亡くした。けれどぼくには弟や妹のような仲間がいた。ジョミーもいた。
正直言うと、自分は孤独に慣れていない。自分でも幼児期の名残だと思って恥ずかしくてたまらない。けれど、結局ぼくは誰かに傍にいてほしくて、誰かに甘えたくてたまらないこどもなのだ。
「あー。こんなんじゃ、まだまだジョミーに追いつけないじゃないか」
シャトルのコックピットで独り、あまりの小恥ずかしさに頭を抱える。折り曲げた身体の胸元でカサリと音がして、弛めていた服の内側からキャンディが膝の上へ転げ落ちた。「トーォニーィ」
「おーい、呆けトォニィ」
舌足らずなペスタチオと辛口なタージオンの声がぼくを呼ぶ。
ひょっこりとコックピットから頭を出してみれば、その二人が並んでひらひらと手を振っていた。
朝にはあんなに怒っていたというのに、いまはその面影もない。そのことにすこし腹が立つ。
「なんだよ」
「迎えに来たよぉ、トォニィ」
迎え? 首を傾げて見せるとポケットに手を突っ込んだままタージオンが意地悪そうに笑った。
「朝のあれ芝居だったんだよ。罠、ってアルテラたちは言ってたけど」
さらに訝しげに首を傾げる。
傾げたところで、罠の先にある意図は見つけられるはずもなく。兄弟のように思っていた彼らに罠を仕掛けられ、独りにさせられる理由なんて思いつくはずがない。
だが愕然とする寸前でその答えは与えられた。
「そぉだよ。トォニィを独りにして、いままでパーティの準備してたんだからぁ」
「パーティ、ってなんでだよ」
そう問いを返すと、二人は「おや?」と顔を見合わせて、次にはため息をついた。
「自分の誕生日、すっかり忘れてんの? やっぱり朝言ったとおり、呆けトォニィだね」
「ホント、あんなにがんばったのにバッカみたぁい」
タージオンは厭きれて深いため息を吐き、ペスタチオはぷんと頬を膨らませた。
ぼくの、誕生日……?
咄嗟にコックピットに身体を戻し、正面のモニターへと視線を向ける。たしか時間と共に日付の表示があったはずだ。
「……あ」
思わず間抜けな声が口を出る。そこに示されていたのは、たしかにぼくの生まれた日と同じ日付だった。
「ほら、呆けトォニィ。行くの、行かないの?」
「早くしないとせっかくのお料理冷めちゃうよぉ」
いつのまに跳んだのか、ペスタチオとタージオンはコックピットの脇までやってきていた。ペスタチオのちいさな手にめいっぱいのちからで腕を引かれる。
「行くよ。行かないはずないだろ」
慌ててシャトルの起動を止め、立ち上がる。その膝から破り捨てたキャンディの包み紙が落ちた。
タージオンがそれに目を留め、腕を伸ばして摘みあげる。
「トォニィ、これ……」
「え? あ。なんだよ」
先ほどの恥ずかしさが思い出され、思わず口調がぞんざいになった。
あの嫌味な口調で子どもっぽいなどと言われたら、返す言葉もないだろう。
だが予想に反してタージオンはその包み紙を見つめたまま、ふとそれから指を放した。ひらひらとシャトルの床部分へと包み紙が落ちていく。
「ん、なんでもない。ちゃんと捨てなよ、呆けトォニィ」
「わかってるよ」
後で捨てとく、と付け加え、その場はそのままコックピットをでた。
「ほら。はやくぅ」
ペスタチオがさらに腕を引っ張った。逃がさないようにとでもいうことだろうか、反対側にはタージオンが肩を並べる。
ぎゅっと握り締められた腕が熱い。隣りに人がいる存在感が心地いい。
身体には甘さが満ち、向かう先には温かな料理が待っている。
朝のキャンディも、ジョミーなりにプレゼントのつもりだったのかもしれない。
これは「とてもいいこと」だ。
あとに「とてもわるいこと」が控えていないことを祈りながら、ペスタチオに引かれるまま大人しくそれに従った。