ジョミーは青の間の扉を目前に足を止めた。
やっぱり、帰ろうか。
一度は自室への帰路につき、それでも耐え切れずにここまで来てしまった。
この時間ではブルーは既に眠っているかもしれない。だが、このような時間になってしまったが故に、ブルーへと逢いたくて仕方がなかった。
ジョミーはゆっくりと青の間へ足を踏み入れる。
失敗ばかりで、全然なにも出来るようにならない……。
理由のない長老たちの叱咤より、ヒルマン教授から溜め息混じりに「今日はもういいよ」と言われることの方が辛い。
それがここ数日続き、もう今日は最悪だった。
このところは自主的に居残りもした。だがいつまで経っても成果は出ない。
客観的に考えれば疲労が溜まっているのだろう。そう考えて、昨日はブルーにも会わず早々に休んだ。
だが、今日も無理だったのだ。今日も……!
「ブルー。まだ、起きてる?」
ベッドを囲む分厚いカーテンの際に立ち、ジョミーは恐るおそるブルーへと声をかけた。
眠っていたら、帰ろう。そして今日こそきちんと休もう。
そう決心するが、それはすぐに必要なくなった。
「……ジョミー」
少し硬い声がジョミーの名を呼ぶ。
良かった、起きててくれた。
ジョミーは嬉しさを隠すようにおどけて、ひょっこりと内側へ顔を覗かせる。
「ごめん。寝るところだった?」
ブルー、ブルー、ブルー。
すぐにでも抱きつきたい衝動を抑えて、ジョミーはいつものようにブルーの横たわるベッドの傍らに膝をついた。
「いや、いいよ。どうせぼくは眠るばかりなんだから」
え、とブルーの言葉に自分の耳を疑う。ブルーからは聞いたこともない、自虐的な言葉遣いだ。それにジョミーはどう反応するべきか戸惑い、そしてすぐに悲しくなった。
なぜ、突然そんなように言うのだろうか。眠っているのはジョミーに力を使いすぎたからだと、ブルーもジョミーの不甲斐なさに呆れているのかもしれない。
自然、ジョミーは顔を俯かせた。それに気付いたのか、ブルーは自らを落ち着かせるように大きく息を吐き出した。
「すまない、ジョミー。少し、……苛立ってたんだ」
苛立ち。その言葉にジョミーはドキリとした。
ブルーは自分の苛立ちを抑えきれず、いまジョミーへと向けたのだ。ブルーにも自制の利かない感情を抱くのか。
「ブルーもイライラする、の?」
ジョミーは疑問をそのまま口にした。
「ぼくにだって、感情の起伏くらいあるさ」
調子の悪いときもね、とブルーは付け加えた。
ブルーにも自分と同じように上手くいかないことがあるんだ……。そう解ると、ジョミーの気持ちはフッと軽くなった。
だがすぐに付け加えられた言葉が蘇る。調子が悪いとき、それは体調のことか感情のことなのかはわからない。しかしどちらにしても、休養が必要だろう。それはジョミーがブルーとの会話を楽しんではいられないことを意味する。
ぼくだって、きっと休まなきゃいけないんだ。
だけど、自分はこんなときだからこそブルーと時間をともにしたい。ブルーはどうだろう。自分を必要としてくれるだろうか。
ジョミーはゴクリと喉を鳴らした。大きな不安とかすかな望みを言葉の影に潜め、ジョミーはブルーへ問いかける。
「ぼく、帰ったほうがいい?」
「なにを」
ブルーは言葉の途中で声を止めた。そして悩むように顎を引く。そして「ジョミー」と静かに名を呼んだ。
「……ん」
ああ。ぼくではやはりブルーの傍にはいられないんだ。わかりきっていたことだが、無力感に胸が裂けるようだった。
このままその場に居ても切なさが募るばかりで双方に利点はない。今にも泣き出しそうな自分を抑えながら、ジョミーは大人しく立ち去ろうと腰を浮かせた。
だが、その手首をブルーが強く掴んだ。
「ジョミー、だめだ」
ベッドの上に長座し、ブルーは立ち上がったジョミーを見上げた。いままでジョミーが見たこともない必死な表情だ。
「ブルー」
「だめだ、ジョミー」
同じ言葉を呟き。ジョミーの手首にもう片方の手を添え、ブルーはジョミーを引き寄せた。
ブルー? ジョミーは問いかけたがブルーは答えず、さらに同じ言葉をくりかえす。
「だめなんだ、ジョミー。行かないで、くれ」
ブルーの唇が震えていた。
なにか、おかしい。ジョミーは何度もブルーの名を呼んだ。
「ブルー、どうしたんだよ。ブルー?」
「ジョミー……」
溜め息のようにブルーはジョミーの名を呟き、懇願するようにジョミーの手首をわずかに発熱した額へ押し当てた。
「ジョミー、すまな、い」
ブルーはなぜか謝罪の言葉を口にした。
そしてジョミーの指先を熱い雫が伝う。涙だ、ブルーの涙。それを認識するとジョミーは一際大きくブルーの名を呼んだ。
「ブルー!」
そしてブルーの身体をジョミーは精一杯の力でぎゅっと抱きしめた。
胸に不安や動揺と、そして喜びが湧き上がった。行かないで、とブルーは自分を引き止めた。ブルーが自分を必要としてくれた。
「どうしたんだよ、ブルー」
「ジョミ、」
「変だよ、今日のブルー」
ブルーの言葉を遮って、ジョミーは耳元で叫び続けた。
「でも、ゴメン。なんか、嬉しい……!」
ジョミーはブルーの肩口に顔を埋めた。