ACT.07

 くるりと渦を巻いたような通路を、シロエはその人と歩いていった。
 周りは暗く、所どころに青白い灯りが灯るだけ。そろそろと下を覗き込めば、光の揺らめきでそこには水があるのがわかった。

「おもしろいかい?」

「……」

 優しい問いかけにシロエは無言で小さく頷いた。

「こんなの、見たことない……よ」

「そうかい」

 白兎のような赤い瞳がアーチを描く。シロエは繋いだ手を握り締めた。

「ここは、どこ?」

「……」

 今度はその人が無言になった。その代わりに床に膝をついて、シロエと赤い瞳が正面から向かい合う。
 握り締めていた手が、柔らかく握り返された。

「君が、これから暮らすところだよ。シロエ」

 瞳に涙が滲む。彷徨っていたときからわかっていた。もう帰れない、ママに、パパに会えないことはなんとなくわかっていた。

「シロエ」

 頭が撫でられ、片腕でぎゅっと抱きしめられる。鼻がツンと痛み、喉がしゃくり上げる。その度に顎がその人の肩にぶつかった。
 身体に挟まれた繋いだ手を握り締める。

「ピーターパンが、言ってた……」

「ピーターパン?」

 その人が問い返したとき、慌しい足音が近づいてきた。
 そして涙の溜まった瞳に、鮮やな赤い色が滲んだ。

「ソルジャー!」

 どこから走ってきたのだろう。息を切らし、揺らめくマントと同じように顔が赤くなっていた。

「……ぴーたーぱん」

 シロエが呟くと、抱きしめられていた身体が離される。

「シロエ……」

 ピーターパンは額に眉を寄せて、まるで今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 シロエは小さく鼻を啜ってピーターパンを見上げた。しばし、ピーターパンと瞳を交わす。

「ソルジャー・ブルー」

 ピーターパンの視線がシロエから、シロエの手を握る人へと移った。シロエも、シロエの一歩後ろに立ったその人を見上げた。

「まったく、君には手を焼かされる」

「すみません」

「お説教は後だ。……シロエ」

 上から手が降ってきて、シロエの頭をなでた。先ほどと同じ、柔らかく包み込む感覚にシロエの涙が自然と止まる。

「ソルジャー、ブルー?」

 ピーターパンの呼んだ、その人の名前らしきものを繰り返す。すると、その人は微笑んだ。

「ブルーだよ。よろしく、シロエ。それから彼は、ピーターパンじゃなくてジョミーだ」

 ジョミー……。口の中で反復しながら、ピーターパン、ジョミーを見上げる。

「シロエ、ごめん。無理やり連れて来て」

 力を落としたようにジョミーは跪き、まっすぐにシロエを見た。

「でも、ここでなら、君はきっと幸せになれるから。ぼくが、するから!」

 肩にブルーの手が置かれる。ちらりと赤い瞳を見上げると、やはり緩くアーチを描いていた。

「ジョミーはソルジャーだ。きっと幸せにしてくれるよ」

 シロエは両手で不器用に自らの涙を拭う。
 そして赤い瞳と赤いマントを見比べ、うん、としっかり頷いた。

written by ヤマヤコウコ