ふむ、と考え込むようにシロエは足を組んだ。小さく背もたれのない丸いすの上でその格好をすると必ずあの人はこけるが、シロエは決してそんな無様なことはしなかった。
そしてシロエは組んだ足を支えにファイルへサラサラとペンを走らせる。今日も記録は一行だ。変化無し、それだけ。
一応、カーテンの裏に隠された計器へ表示された数値も書き込むが、それすらその一言で片付いてしまう。
シロエは小さく溜め息をつき、立ち上がった。
じっくりと眼下の人を見つめる。青白い肌は、まるでそのまま固まってしまったかのように動かない。
身体は少し痩せてしまっただろうか。もともと細身の人だったので見た目からは計れなかった。
一定以上筋肉が落ちないようにと、毎日各所を動かしてはいるはずだ。もともとはそれもシロエの仕事だったが、忙しいにも拘らずあの人がやると言って聞かないので、ある程度のことを教えてしまった。その後には触れていないが、きっとサボることなどしないだろう。
複雑な気分だ。彼の人がまだ目を覚ましていた頃には、その脇を取り合ったというのに今ではただ二人を見守っている。
結局をもって自分は二人の間には入り込めず、ただ二人の切り離せない関係を最も近くで感じ取ることとなったのだ。
「ブルー……」
目を覚まさぬ彼の人を呼ぶ、あの人の切ない声が耳に木霊する。
仕事である自分と違い、なんの義務もないのにあの人は毎日青の間へ訪れた。どんなに忙しくとも、どんなに眠くとも欠かさず毎日。
ある朝シロエが定期訪問で訪れると、ベッドへ突っ伏したまま眠りこんだあの人を見つけたことすらある。
あきれ果てはしたが、どんなに情をもっていても、自分にはそこまではできないと実感もした。
シロエはファイルを小脇に抱え、ベッドに眠るブルーの顔を覗き込んだ。
「ブルー、あなたの頼みごとを聞く気は今でもありませんよ。あの人の世話なんてまっぴらだ」
それは願いであり、事実だった。
「あなたでしか、あの人の力になれないんです。ブルー」
そしてシロエは長老と若いミュウの間で板ばさみになったジョミーの立場を想う。
長老の過去ばかりを追う言葉も、シロエと同世代に当たる若いミュウたちの自分勝手な言葉も、シロエには理解できなかった。
自分達の要求や、一時的に見られるだけの幻想的な幸福ばかりを追い求めたその場ばかりの意見を、ジョミーへとぶつける。その上、ジョミーはバカ正直にそれを受けとめている。バカバカしいと思うだけだ。
だから自分に出来るのは、恐らくここでブルーの様子を見守ることだけだ。
ノルディも地上で産まれた自然出産のミュウに掛かりきりで、シャングリラに残る医療従事者は自分だけなのだ。その責任は重い。
それに、とシロエは頬を緩ませる。
……あの人がいないときに何かあったら殺されそうだ。
「また来ます」
シロエは眠るブルーへと声をかけ、部屋の出口を目指す。
だが、すぐに足を止めて振り返った。
「ジョミーも夜には戻ると思いますよ」
そしてシロエは青の間を後にした。