光に目が眩む。
真白な世界で誰かがジョミーを呼んでいた。
「ジョミー、シロエが……」
その声がフィシスのものだと認識できたころ、やっと周囲が見えた。
生成り色に統一されたその部屋―――医務室の床にジョミーは跪いていた。
息は荒く、呼吸のたびに大きく肩が上下する。
ぼんやりとした意識の中で、「ああ、フィシスの嬉しそうな声を聞くのは久し振りだ」などと関係のない想いがぽっかり浮かんだ。
だが、その想いもすぐに掻き消される。ベッドの淵へ残したままだった手元が自分ではないものによって動いたのだ。
ジョミーは急いで立ち上がった。急な動きで頭がくらくらしたが構うものかと自分を叱咤して、ベッドに横たわる少年の顔を覗き込んだ。
「ジョミー」
ふらつくジョミーを支えるようにフィシスがその腕をとる。
ベッドの反対側では医師のノルディもベッドの上を注視していた。
その最中で、少年の瞼が数度痙攣し、やがてゆるりと開かれる。
「シロエ……!」
そして意外にもその少年へ一番最初のアクションを起こしたのはフィシスだった。
ジョミーから離れ、横たわったままの少年を抱きしめる。
「う……」
瞬きを繰り返し、少年は眩しさに瞳を細めた。その腕をノルディが取り、脈を確かめる。
「ど、こ」
瞳を細めたまま、ぐるりと少年は周囲を見まわした。その瞳がジョミーで止まる。
「ぴー、たー……?」
少年の呟いた単語が脳裏の一部に触れる。いつか、誰かに聞いた名前。ジョミーを呼んだ名前。
「君は、シロエ、なのか」
「ジョミー」
シロエの身体を離し、フィシスがジョミーを仰ぐ。だが、ジョミーはそれにも気付かず怒鳴るようにシロエへ呼びかけた。
「あの、シロエなのか!」
「……ジョミー」
ジョミーの腕をフィシスが引く。そしてジョミーが目を向けると、フィシスはしっかりと頷いた。
「ソルジャー、少し彼を休ませましょう。さあ、フィシス様も」
「シロエ! シロエ……」
シロエ、アルテメシアに残してきたミュウかもしれなかった子ども。それが、なぜこんなところで。
ノルディの強引な腕と、そっと支えるフィシスに付き添われジョミーは医務室の外へ連れ出された。
「リオ、ソルジャーもフィシス様もお疲れだ。きっちり休ませるように」
通路で待っていたリオに向けて、ノルディはまるで物でもほおるようにジョミーの身体を突き放した。
「ノルディ、シロエは……!」
「許可が出たら私がお知らせします、ソルジャー」
閉じた扉になおも問いかけるジョミーの腕をリオがとる。
「でもリオ、シロエなんだ。彼は、シロエなんだ……」
リオの身体を伝うように、へなへなと通路にジョミーは腰を落とす。
疑問ばかりだった感情の内から、急速に嬉しさがこみ上げた。
生きていた、今度は助けられた。シロエ……!
涙の滲んだ瞳を腕で拭う。すると、反対の腕にフィシスが触れた。
「ジョミー」
「……フィシス」
「彼の中に、昔のあなたを見ました。ジョミー」
そして、やはり目尻に涙を滲ませてフィシスは柔らかに微笑んだ。
「助けることができて、良かった」
「ああ。ありがとう、フィシス」
そして深く息を吐き出し、ジョミーは脚に力を込めた。ゆっくりと立ち上がり、フィシスへ手を差し出す。
「話せるかな、シロエと」
ジョミーの手に自らのそれを重ねたフィシスは、医務室へ顔を向けながら立ち上がる。
「時間は、これからゆっくりととれるでしょう」
そして顔を見合わせて、ジョミーとフィシスは微笑んだ。