支給された服に腕を通す。これを着ることで仲間意識を高めるのはステーションもミュウも同じなのだろうか。
いや、ミュウの場合は意識の問題より機材の方が原因なのだろう。目覚めてより数日、ミュウの母艦シャングリラをいろいろと見て回ったが商業的なものはほとんどなかった。巨大とはいえ宇宙艦ひとつで自給自足では、そのような余裕などないのだろう。
シロエは大きなため息をひとつ吐き、クロゼットの扉を閉めた。
そして室内を見渡す。
デスクとチェア、ベッドと埋め込みしきのクロゼット。全てが統一され隣室も全く同じなのだろうと安易に予想できた。
ステーションと同じだ。だが決定的に異なるのは、そこにマザーの監視があるかどうか。
ベッドサイドへシロエは視線を流した。ずっとそこに置いていたはずの本が今はなかった。
また手に入れることはできるだろうか。
代用のきくものではない。だがないよりはあった方が良いだろう。そう考えはしたが、なぜかあまり必要性を感じなかった。
もう、本を頼りに過去の記憶を守る必要はない。
シロエはベッドへ腰を下ろし、そのまま仰向けに転がった。ぼんやりと見上げる天井は青白くやはりステーションが思い出される。
ステーションと同様の簡素な部屋、選択性のない服、類似点は多い。だが、ここにはどこか柔らかみがある。それはマザーの監視がないというだけのことなのだろうか。
そこへ突然、扉が開き来訪者が部屋へ飛び込んできた。
「わ、わ、わ!」
シロエが驚いて起き上がると、その人物は奇声をあげながら室内へ転げ込む。
「……ピーター」
そう名を呼びかけて、その間違いに口をつぐむ。彼はピーター・パンではなくソルジャー・シン、年若いミュウの長だ。
だというのに彼は今、間抜けな姿でシロエのいるベッドの裾に転がっている。
「あ、良かった。まだ部屋に居たね。シロエ……くん」
そしてイテテ、と顔を上げてシロエへ笑顔を向ける。
「シロエで良いですよ。ソルジャー・シン」
「じゃあ、君もソルジャーはやめてくれないか」
慣れないんだ。そう言ってどこか寂しげに笑う顔は四年前と同じだ。彼は成長を知らず、まるでエネルゲイアで出会ったのが昨日のことのような背格好のまま、シロエの前に現れた。
「それで、どこへ行くんですか」
赤いマントの後ろをシロエはぴったりと付いていく。未だ艦内の地理には疎く、逸れれば迷うことは必至なので気が抜けない。
「シロエ。君に逢わせたい人がいるんだ」
そう言ってジョミーは僅かに俯いた。
そのままシロエもジョミーも口を閉ざし、無言のままに艦の奥へおくへと進んでいく。進むに連れ照明はだんだんと明かりを落とされ、暗闇の割合が増えていった。
今逸れれば、自室までは戻れないだろう。
シロエがそう考えたころ、ジョミーは大きな扉の前で足を止めた。
「ここが青の間だよ。シロエ」
あおのま……、シロエがそう呟く間に、ジョミーは慣れた様子で開いた空間へ入っていく。少し焦ってシロエも続いた。
青の間の室内は青暗い闇に包まれていた。螺旋のようにくねった通路、その脇を囲むように点在する灯りが辛うじて足元の視界を開いてくれるのみだ。
「暗いから、気をつけて」
そんなに不安気な顔をしていただろうか。ジョミーはシロエを振り返り、薄く笑んだ。
そしてその顔は部屋の奥へ向けられる。そこだけが室内で唯一、煌々と明かりを灯していた。
「先客がいるみたいだ」
ジョミーの言葉に身体が強張る。
艦で目覚めて以来、案内と言われながらも挨拶回りのように艦内を連れまわされ、シロエは多くのミュウを目にしてきた。そして彼らは悉く歓迎というよりは珍獣を見るような目つきでシロエを見、何事かを囁く。一度、シロエがそれに苛立った余り感情を爆発させてしまったのだが、結果は散々だった。人や物に被害はなかったが、その後は長老クラスがシロエのもとを訪れ山程の小言を聞かされることとなった。
それ以来、なるべく他のミュウに会うことは避けている。現状のシロエでは感情や思念をコントロールすることは難しい。それがシロエにとっても、他のミュウたちにとっても最善だ。
これ以上のいざこざは御免だ……。
シロエは一度深く息を吸い込み、ジョミーに続いて青の間の最奥を目指した。