思念が乱れ、まるで方向の定まらない流星群のように飛び交っていた。
心が弱い。或いは遮蔽の緩い者が強烈ともいえる混乱と恐怖に、人々はその想いを意識なく、まるでただの人間と変わらず放出させている。
こんなときにこそ、特別な力を持つミュウが人間の一種であると皮肉なほど感じさせられた。
馬鹿らしい。なんて馬鹿らしいのだろう。
思慮の欠片もない思念は一点に集うことなく。かといって宿り木もまた見つけられず。ただ溢れるに任せた想いは互いにぶつかり合い破砕する。
みっともないばかりの行為であるというのに、それはまるで小さな花火のようにチリチリとシロエの瞼裏に白光を焼き付ける。
さて、どうしてみようかな。
混乱の傍らにいて、シロエは情報端末を平然と眺め見た。
その表情に、いつもの情報チェックとひとつの違いもない。
ちいさく、呆れたため息を吐く。混乱しきりの彼らへではない、自らへの呆れだ。
周囲が騒げばさわぐほど、白けた空のようにシロエの思考はクリアになった。昔からいつもそうだ。そのままにほおっておけば、起動を止めた機械のように沈黙してしまう。呆然としているのではない、頭の中はフルスピードで思考している。
ただ目の前で展開している現実が、客を引き込めない三流映画のように見え、他人事のように冷静になってしまうだけだ。
だが、いまは映画を見ている場合ではない。これは自らが動き、対処せねばならない現実だ。
シロエはぐっと奥歯を噛み締め、手元の情報端末を握り締めた。
ジョミーには手を出すなと言われた。関わるなと言われた。彼の言葉に一理を得て、何事もなければそうしただろう。
だが、この現実を目の前にして、大人しく彼の言葉に従っているわけにはいかない。このシャングリラで、捕らえられたキース・アニアンを誰より知るのは、間違いなく自分だ。
考えろ、シロエ。
クリアになった思考に、いま握りしめている情報をならべていく。それはフィシスの細い指先が捲るターフルにも似ていた。
キースの捕らえられていたエリア・インディゴはいまや火の海。だが彼がやったことではない。
彼ならばもっと巧みに、そして陰湿とも思える確実な手段で事に及ぶはずだ。なにより、思念波の痕跡があるとの情報もある。
――キースではない。
そう、考えるのが妥当だろう。論理的に考えて。
個人的な感情を交えれば、確信すらあった。アイツはそんなに馬鹿じゃない。
幾らもの年月を経ているというのに、シロエは彼が不変であると身勝手にも信じ切っていた。
そんな自らに唇の端を歪めるも、それでもキース・アニアンという人物の変化する可能性など一分も考えられない。
どんなに時が経とうとも彼は機械の申し子だ。
変化を忘れたシロエの容姿のように、キースの思考経路は変わらない。
まるで、希望、みたいだ。
キースがあの頃のままでなければ、シロエの予想はすべて覆りかねない。
馬鹿になってるんじゃないぞ、キース・アニアン……!
喉元に手を添え、シロエは天井を仰いだ。
どうする?
キースの思考経路が変わらぬままならば。
シロエ自身が彼の立場ならば。
……どうする?
答えは簡単だ。決してこの機を逃しはしない。
「格納庫、かな」
わざと舌に乗せ、自らに冷静な判断を促す。だが、幾度冷静に考えなおしても答えは同じだ。
待ち伏せるならそこしかない。生身の人間である限り、キースが逃げるにはシャトルが必要だ。
その上、そこはシロエのフィールドでもある。
たっ、と地を蹴る。
急がなければ、もう待ち伏せも難しいだろう。
視線は情報端末へ落としたまま、シロエは人混みを掻き分けた。
普段なら眉をひそめて向けられる視線も、この混乱では人混みへ消える。邪魔だと感じる余裕すら彼らにはなくなっていた。